第2話
光栄大学の入学式は、二週間ほど前だった。貴重な青春をすでに二週間無駄にしたことになる。時間の流れが速いのか、自分がのろまなだけなのかいずれにせよ面白くないと感じていた。
その他の学生なら七日間もあればどこかしらのサークルに所属するのがふつうだ。
咲坂久留美はというと、心が決まってないほんの一部の人間に含まれていた。
講義が終わるといつも無意識にグランドのほうに引き寄せられる。
バックネット裏にある少し離れたベンチに座り隠れるように硬式野球部の練習を見学していた。
マウンドから投げるピッチャーの姿を見ると、止まっていた心臓がきゅうに動き出した感じがした。そして同時に一抹の不安を感じるのだ。実戦練習が始まる頃にはわたしは逃げるようにグランドをあとにして帰宅する。
どうしたらいいかわからなかった。
すっぱりやめてしまえば楽になる気もする。
まだまだあがき続けたい気もする。
どちらを選んでも満たされないのだ。だから今日も気がつけばグランドのそばをふらふらしている。混沌の迷路に迷い込んだみたいに暗い道のなかを手さぐりで出口を探している。
カキン。
ナイスバッティング
甲高い声と気持ちの良い木の音が聞こえた。ピタッとあしを止める。
「男子じゃない」
久留実は思わず一歩踏み出す。さっき聞こえたこえは、おそらく女の人の声だ。バックネットに近づくにつれ音はおおくなっていく。 しっかりグランドをのぞいたのは、それが初めてだった。
いつも男ばかりのグラウンドに女の人が二十人と少し、試合形式のバッティング練習をしている。
「ツーアウト二塁一本ホーム投げてこいよ」
そうナインに声をかけてセットポジションからピッチャーは投球モーションにはいる。サイドハンドぎみのフォームから投じたアウトコース低めのボールをバッターは、踏み込んで右方向に打った。セカンドの頭上を越えてセカンドランナーが一気に三塁を回る。クロスプレーになる。そう思われたがランナーは、キャッチャーのタッチをひらりとかわしホームを滑った。久留実は拳をかため目を見開いていた。久しぶりに興奮していたんだと思う。
「今月2本目のタイムリーヒットだ」
やったーと一塁ベース上でぴょんぴょん跳ね始める。
「あんまり調子に乗らないことね」
不機嫌そうな声が答え、帽子を外した。長いきれいな髪が風になびく。
「いいじゃないですかー練習なんですから」
「よくない。相手に対して失礼だ。それにいまのは、少し抜けたのよ。ベストボールじゃないわ」
「打たれたからってそういうのは大人気ないでーす」
「はぁ?」
「なんでもないですよー」
けらけら笑う小柄な子がヘルメットをとり、ふう、と赤くなった頬の汗をぬぐい、丸い瞳が何気なくこっちを見て、
「あーー!」叫んだ。
「わっ! なにあんこいきなり」
「うわああああはははあ」
マウンド上の女の人のこえを無視してすごい勢いでかけてきた。
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