モンスターエッグに気を付けて

石田空

 前世の記憶。

 大きなカマキリの卵を見つけてきて、いつになったら孵るんだろうと思ってワクワクしていたのに、机のどこに入れたのか忘れてしまい、春先に孵ってしまい、掃除に来た母さんに悲鳴を上げられた。

 蜘蛛の卵を見つけてきて、これもいつになったら孵るのかなと思って眺めていたら、本当に蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまったので、呆気に取られた。母さんにはまたも悲鳴を上げられた。

 仕事先でツバメが巣をつくって子育てをしたときは、新聞紙を置いて観察し、猫と戯れてツバメが巣立つまではあちらに興味を持たせないように頑張っていたし、要はあの頃から、卵が孵るというのを見守るのが好きだったんだ。

 そして、それは現世でも同じである。


「ディーノ! なに卵拾ってきてるの!!」


 オレが山でキノコ狩りに行った帰りに卵を拾ってきたので、姉ちゃんが悲鳴を上げた。

 大きな卵だ。前世でのダチョウくらいの大きさだ。


「模様が綺麗だったから、拾って来たんだけど」

「それ、ハーピーの卵よ! 捨ててきなさい!」

「えー……また山に登るの?」

「うう……たしかにもう、登れないけど……」


 この村では昼間には子供だって山に登ってキノコや薬草を採って来ることを推奨しているけれど、夜の移動はガチガチに武装を固めた冒険者や大きな町に滞在している騎士団以外は危ないって、誰だって知っていた。

 気付いたら生まれ変わって住んでいたこの世界は、あちこちに魔物がいた。特に山や草原。定期的にこの手の依頼を受けた冒険者や駆逐騎士団が魔物を一掃しないと、武装もなんもないオレたち村人ABCは入ることだってかなわなかった。

 卵を割ったら魔物に報復されるおそれがあるために、魔物の卵を割ってはいけない。すぐに冒険者ギルドや近場の駐屯騎士団に連絡をというのが鉄則だった。

 でもなあ……。

 オレはハーピーの卵だと言われたそれを見つめた。

 空色の羽みたいな模様が入っていてとても綺麗なんだ。それにハーピーの雛がどんなものか、ものすごく見たかった。


「なあ姉ちゃん。魔物を育てちゃ駄目かい?」

「ダッ……ダメダメダメダメ。魔物使いって、冒険者の中でもものすっごく難しいジョブなんだから、素人ができる訳ないでしょう!?」

「でも人間を襲わないよう言い含めて育てたら……」

「馬鹿なこと言ってないで! 明日になったら冒険者ギルドに連絡を入れるわよ!」


 姉ちゃんにそう言われて、オレは渋々卵を籠の中に入れておいた。ハーピーは卵を産み落としたら、基本的に巣を離れて次の巣をつくりに出て行ってしまう。

 割るのだって楽だけれど、育てるのだってそんなに難しくないと思うのになあ。オレはそう思いながら眠った。


****


 ピルピルピルピー……


 不思議な鳴き声が聞こえて、オレが目を覚ました。枕元に載せていた籠の中からだ。


「ん-?」


 卵を見る。なんと、空色の模様の卵の殻が崩れ、その中から空色の髪の生えた羽と鳥の足を生やした赤ちゃんが、ずっと鳴いていたのだ。


「姉ちゃん! ハーピーの卵孵った!」

「はあ……っ!?」


 姉ちゃんは悲鳴を上げた。


 ピルピルピルピー……


 とても綺麗な鳴き声で、黒目勝ちな目でこちらをじぃーっと見てくる。赤ちゃんの鳴き声というよりも、小鳥の鳴き声だ。


「どうしよう、冒険者ギルドに言えばいいの?」

「そうねえ……とりあえず魔物使いを呼んでもらいましょう」


 姉ちゃんは慌てて冒険者ギルドに走っていった。

 なにを食べるだろうと思って、とりあえず家にある乾物をふやかしおかゆをつくって出してみた。ハーピーはなにこれを言う顔をしていたので、オレは「ほらっ」と自分で食べてみた。するとハーピーも一緒に食べはじめる。

 ふたりで乾物を食べていたところで、姉ちゃんがおじさんを連れてやってきた。


「おじさん! ディーノがハーピーを孵しちゃって……」

「これは驚いたねえ。ハーピーが人間の言うことをきちんと聞いて食事をしている」

「ええ?」


 オレはハーピーと食事をしているのをおじさん……どうも魔物使いらしい……が言った。


「ハーピーは基本的に雑食なんだよ。食事を見たら、なんでもかんでも食べる上に、食べ方が汚い。人間の言うことなんてまず聞かないんだが……君はずいぶんと魔物が好きなんだね?」

「ええっと? 普通のことしかしてないんですけど……」

「君は冒険者免許を取ったほうがいい。特にハーピーは魔物使いの中でも飼い馴らすのは大変だけれど、一度人間に馴らしたら、他の魔物を魅了して村に来なくするようなこともできるから」

「ディーノ! やったじゃない! そうなったら、騎士団に押しかけられることもなくなるわよ!」

「うん……」


 オレはそんな才能があるなんて思ってもおらず、ただ茫然としていた。

 ハーピーは出されるままにふにゃふにゃ食べて、「ピルピルピー」と鳴くだけだった。


****


 ハーピーがひと月も経ったら羽を使って飛べるようになり、オレの後ろをパタパタとついてくるようになった。

 ハーピーのままじゃさすがに駄目だろうと、名前は「ピルル」と付けた。「ピルピルピー」と鳴き声を上げるからだ。

 さすがにこうなったら姉ちゃんもなにも言わなくなり、「ちゃんと羽の掃除はしてよ」くらいしか注意はしなくなった。

 ハーピーについては、冒険者ギルドに出かけて調べるようになった。冒険者ギルドで免許を取るには、十六以上でなければ駄目だけれど、魔物のことについては冒険者が調べて図鑑をつくっているために、図鑑閲覧だけだったら免許なしでもできる。


「ピルル、ハーピーは風を操れるんだってさ。お前は操れるか?」

「ピル!」

「そっかあ、できるんだな?」


 ふたりでしょっちゅう図鑑閲覧に来ていたら、ギルドマスターやギルドの受付のお姉さんも親身になって話を聞いてくれるようになり、冒険者免許が取れるようにと、本当に簡単なお使いを依頼してくれるようになった。


「魔物に詳しいね、君も。なら今度、アラクネの卵を持ってきてくれないかな?」

「アラクネですか?」


 アラクネというと、大きな蜘蛛型の魔物であり、上半身は女、下半身は蜘蛛で知られている。その糸はとにかく丈夫で、アラクネの巣に引っかかると厄介だけれど、上手く糸だけ調達できれば、冒険者たちの着る上位防具に織られる。

 オレはピルルと一緒に、山にまで出かけてアラクネの卵を探すことにした。

 前世では蜘蛛の卵からはたくさん蜘蛛が産まれるけれど、アラクネの卵はどうなんだろう。

 魔物図鑑の内容を反芻してみる。


「アラクネは縄張りにさえ近付かなければ大人しい魔物だけれど、一度縄張りに近付いてきたら、巣に誘導して獲物として絡めとる。アラクネの卵の周りには糸が張り巡らされているから注意」

「ピル」

「うまく見つかるといいなあ?」

「ピルッ!」


 ピルルと一緒にオレはアラクネの卵を探す。

 今の季節だと、魔物の卵を探すのはなかなか骨が折れるし、冒険者たちがあらかた山の掃除をしたあとだったら、そう簡単に見つからない。

 冒険者の受付のお姉さんも、散歩がてら見てくるように言ってて、結果は関係ないんだろうなあ。そう思っていた矢先。


「ピル!」

「おっ?」


 ピルルが指差した先には、ふわふわの糸玉が見つかった。たしかに前世で拾っておいた蜘蛛の卵によく似ているが、それよりも大きい。

 前世の記憶によれば、ひとつの卵に数百匹入っているんだけれど、アラクネの場合はどうなんだろうなあ。

 オレはピルルに尋ねる。


「ピルル、つむじ風を起こして卵を取ってくれないか?」

「ピルッ」


 アラクネの糸に引っかかったら最後、炎を操る魔法使いや魔物を連れてこない限り、貼り付きっぱなしで人間じゃ対処できない。だから糸に引っかからないよう、入念につむじ風で糸を吹き飛ばしてもらってから、糸玉を持って帰った。

 冒険者ギルドに持って帰ったら、当然というべきか「もうすぐ孵化するじゃない! まさかまだ残ってたなんて!!」と受付のお姉さんは大騒ぎだ。

 そしてアラクネを飼いたいという魔物使いの人々や、冒険者の防具屋は目を輝かせた。


「アラクネはひとつの卵につき四匹生まれるんだよ」

「アラクネがいたら、冒険のときの防具にも便利だし、いざという時の魔物除けも万全だけど、卵から育てないとなかなか人間に懐かないから、卵の孵化から育てるのが理想なんだよね」

「防具が、いい防具がつくれる! アラクネの糸製の防具は丈夫だし高く売れるんだよ」


 こうして、皆で囲んで孵化するのを待つことにした。なによりも孵化した途端に逃亡しないよう、見張らないといけないというのはある。


****


「アークアーク!!」


 次の日。

 紫の髪を生やした赤ちゃんが、元気いっぱいに生まれた。下半身は見事に蜘蛛であり、同じ顔が四つ並んで鳴いているのは、なかなか面白い。

 魔物使いたちが一匹ずつ、防具屋が一匹をすぐ引き取ってくれたけれど、残り一匹が残ってしまった。


「ディーノくん。アラクネ育ててみる? アラクネは大人になったら気難しくって人間を襲うけれど、孵化したてから育てたら人間に懐くけど」

「ええ……でもオレにはピルルが……」

「そうねえ。ハーピーとアラクネが仲良くできたらだけれど」


 そう思っていたけれど。

 なんと残っていたアラクネに、ピルルがお姉ちゃんぶって子守歌を歌って寝かしつけはじめたのだ。


「ピルピルピーピルピルピー」

「アークアク……」


 姉妹のように仲良く一緒に眠ってしまったから、これなら大丈夫そうだ。


「ええっと、姉ちゃんがオッケーって言ったら、一緒に育てます」

「そう。それにしても、ハーピーにアラクネを免許取得前から育てている魔物使いって本当に稀よ。卵を見つける運といい、あなたかなり強運なのね」


 そうだといいなあ。

 オレはふたりを連れて、家に帰った。

 最近はオレが冒険者ギルドでお使いをしているおかげで、ふたり暮らしでも比較的生活に余裕があった。


「アラクネはなにを食べるの? ピルルは雑穀粥を喜んで食べるけれど」

「そういえば。アラクネはたしか、肉食だって聞いた」

「肉食ねえ……乾物でよかったら猪肉があるけど、それを戻せばいいかしら」

「うん」


 とりあえずアラクネには「クロ」と名付けて、一緒に育てることにした。

 ピルルとクロは姉妹のように育ち、この分だとオレが冒険者免許を取りに行くときには、仲良く力を合わせてくれるだろう。


****


 オレが冒険者ギルドに通い、お使いを重ねている中で、いよいよ冒険者免許を早めに取らないといけない事態に陥ってしまった。

 しょっちゅう一緒にお使いの仕事をしている魔物使いのおじさんから、とてもとても難しい依頼を相談されたが、それには免許が必要なのだった。


「……ドラゴンの卵、ですか?」

「ああ。王立竜騎士団からの依頼で、竜騎士の騎乗用に使う卵の孵化を依頼されたんだよ」


 ドラゴンの卵の孵化と調教は、魔物使いのひと仕事である。人間を襲わない、人間を踏みつけない、どこそこかまわず火を噴かない。それらを教えてからでないと、とてもじゃないが戦場でドラゴンを飛ばすことなんてできない。

 でもドラゴンの調教なんて、基本的にひとりにつき一匹までしかできない。人間どころか馬よりも大きな魔物を調教するんだから、二匹以上同時に調教なんて、とてもじゃないが無理だ。

 おじさんもそれを王立竜騎士団に訴えたものの「期日までに間に合わせろ」の一点張りで、ギルドに仲介を頼んで「魔物使いを増やしてから受注します」とどうにか時間を稼いだのであった。

 うちの村のギルドにも魔物使いは数人登録しているものの、一部は魔物狩りに出かけて調教どころではなく、残っている面々だけでは騎士団分のドラゴンを育てきれない。だからオレに応援が頼まれたのだ。


「でもオレ、まだ免許を……」

「君だったらおそらくは一発で合格さ。君は既に魔物を何匹も育てきっているし、魔物同士で喧嘩だって起こしちゃいない。なによりも君の強運は、冒険者にはなくてならないものだよ。頼むよ」

「……わかりました」


 こう言って、オレは姉ちゃんに免許を取りに行く旨を報告に行った。

 姉ちゃんは今やすっかりと一流の防具職人だ。うちで育てたアラクネのクロの糸をもらい、それでつくった女性にも嬉しいデザインで、今や女性冒険者ご用達の防具職人になっている。


「あらまあ、ディーノにそんな大仕事が。最初はこの子、魔物の卵ばっかり見つけてきて、うちの村滅ぼすんじゃとヒヤヒヤしたのに、拾った卵から孵化させた子、全部調教しちゃったもんねえ」


 もう姉ちゃんは、オレが卵を拾ってきても文句を言わない。

 ハーピーのピルルは近所の子たちの子守り歌を歌うことですっかり人気者になった。なによりも村に魔物が寄り付かなくなったのは大きい。

 クロは姉ちゃんに懐いて、姉ちゃんの仕事の相棒として仕事をしている。

 サラタンのタルタルは大きなウミガメみたいな姿で、オレがちょっと遠出する際に載せてくれる。山道では一緒に出掛けることはできないものの、平らな道や水辺だったら泳いでくれるのでありがたい。

 オレは家にいる魔物たちに声をかけた。


「それじゃあ、ちょっと試験受けてくるから、待っててくれよ」

「ピル!」

「アクアー」

「ターンターン」


 皆に「フレーフレー」と応援されているように感じた。

 魔物はおっかないし、自分家で育てている奴らが気のいい奴らになったのは運がよかっただけだと思うけど。

 今は人間と魔物がもっと仲良く暮らしていけるように、中継できればと思っている。

 そのために今は、免許取得だ。

 オレは元気に冒険者ギルドへと駆け出して行った。


<了>

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