41、猫のようだねえ
桜子が正式に京也の両親と会ったのは、数日後。
空の曇り雲模様がきれいな昼下がりだった。純白の生地に赤い椿の清楚な正絹の京友禅を見に纏い、桜子は緊張気味に会場に向かった。
場所は、なんと地下。理由は『飛んで逃げないように』なのだとか。
皇宮に地下がある、というのを桜子は初めて知った。
「帝都の各所に通じる秘密の隠し通路なども会ったりするよ。今度案内しよう」
京也は冒険に誘うような口調で言って、上をごらんと示した。
なにごとかしら、と示されるまま上を見た桜子は、目を
地下空間の天井が
「ふしぎ……、すごく、幻想的ですね。この世の景色とは思えないです」
桜子が夢心地で幻想風景を讃えると、京也は「幻だよ」と教えてくれた。
「あっ、幻なんですね」
「お望みであれば、きみの部屋の天井にも今夜、とびっきりのきれいな幻風景を贈ろうか」
京也はそう言ってウインクをしてみせた。
(そういえば、私もお父様の形見の鏡をそろそろ安全に使えるのでは)
桜子は懐から鏡を取り出してみせた。
「京也様。今度、私も京也様に幻想的な風景を贈り返します」
「なんと。俺に風景の贈り物をしてくれるのか! どんな風景だろう。楽しみだな」
と、そこへ。
「風景の贈り物ですって。術者のお嫁さんって素敵ねえ」
「東海林家は優秀な術者の血筋として有名だったからねえ」
明るい声が二人分響いて、はっと見れば京也の両親がいた。
「さあさあ二人とも、あちらの『隠れ
「京也も降りておいで。なんか心配になるなあ。大丈夫かい、挙動不審すぎてお嫁さんびっくりしてないかい」
京也の両親は二人そろって煌びやかな金の冠を頭に輝かせていて、天狗の帝と皇后としての威厳を感じさせた。二人が揃うと、どれだけたくさんの人がいても、絶対にその存在を無視できないような凄まじい存在感がある。
最強、
でも、笑顔と話す内容は気さくで、あんまり怖くない。あと、すごく夫婦仲がいい。
「雛乃ちゃんに聞いていたけど、いやー、可愛らしいねえ。ちょっかい出すと京也が隠しちゃうんだって?」
「そうなのよぉ。抱っこしてお外に逃げちゃって。子猫をくわえて逃げる猫のお母さんみたいで可愛かったわぁ」
「フーッ」
京也が不機嫌に息を吐くと、「あっ、ほらほら。警戒心まるだしの猫ちゃんみたい」「怒ってるときの猫のようだねえ」とにこにこして、「あまりからかってはいけないわね、お嫁さんの前ですし」「猫扱いはだめだねえ」とこそこそと相談している。その声が全部、丸聞こえだ。
「いやいや、すまないねえ桜子さん。うちの子をよろしくねえ」
「うふふ、よろしくねえ!」
両親と共にテーブルを囲み、結婚式の日取りについて話したあとは、使用人たちをあらためて紹介された。
場所は、門の前だ。
「ちょっと古風な感じなのだけど、外から来る桜子さんに『ようこそ、歓迎します』というのをあらためてやりたいらしい」
京也は使用人への親しみを感じさせる口調で言って、「連中、橋を渡ってくるところから練習してたんだ。見てやってくれ」と笑う。
「練習、なさったのですね……あっ、いらっしゃいましたね」
桜子が見守っていると、使用人たちは皇宮の敷地内にある赤い欄干の橋を整列して歩いてきた。
使用人たちは多種多様で、河童に目玉のおばけ、くねくねする
桜子は見知った顔の使用人をひとり、またひとりと見つけては、嬉しくなった。
ここに来たばかりのころは知らなかった人たちの顔や名前、どんな性格なのかがわかる。相手も同じように、最初は知らなかった桜子のことを今ではわかってくれている。
ずらりと並んだ使用人団は、迫力がありつつも、どこか家族的だ。
「もみじ、しょうかいする!」
もみじがひらひらと飛び回り、ひとりひとりの頭に留まって名前を紹介してくれる。
「
「はっ」
「
「ほい!」
「佐藤、キクさん!」
「はい」
「鈴木、ハルさん!」
「はいっ」
「
「たたみくん!」
声が出せないらしき畳は、ぴょんぴょん、くねくねと身を捩って猛烈に存在をアピールしている。愛嬌が合って、可愛い動きだ。それを見て、他の使用人みんなが「おい、落ち着け~」とか「この畳は喋れないんですが、よろしくと言っています」と教えてくれる。みんな仲が良さそうで、雰囲気がとてもよい。
京也は順にどんな人柄で、趣味や得意なことはどんなことか、なにが苦手で、嫌がることや喜ぶことはどんなことか……と教えてくれた。
「人間の世話に慣れている者、人間に好意を抱いている者ばかりを選抜したのだ。安心していい」
紹介されたのち、全員がぴったりと息を揃えて挨拶をする。
「ようこそ、桜子様。京也殿下の花嫁様をお迎えできて嬉しいです。使用人一同、これから誠心誠意お仕えさせていただきます」
使用人たちの言葉が、桜子の心に響く。
「桜子様のおかげで、キヨは使用人の皆さんにもよくしていただいて、充実した日々です」
キヨが生き生きとしているので、桜子は「よかった」とその手を握った。
働き者のキヨの手は、あたたかかった。
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