嗚呼!絢爛なるかな! 蒸気と魔法の装甲帝都ーその1

 アフレット・クリュはこの純粋神聖クエーサー帝国の装甲帝都クエイスシャイタンで暮らす、一介の専業魔力充填労働者である。


専業魔力充填労働者は装甲帝都で、最も低い収入で働いている者たちだ。


その仕事は、産業革命以前の労働という言葉に伴い感じられる厳しさとはほど遠い物であり、休息も仕事のうちであるとされている。


一日の四分の一程度の時間を労働に充てれば食っていける。


産業革命前はいつも腹を減らしていたものを、今は毎食充分食べることができ、仕事が終われば毎日酒場に酒を飲みにも行け、さらに貯金もできる。


これもまた産業革命以前までは考えられない快適な、冷暖房を完備した住居に住み、家事技能を刷り込まれた骸骨模型を所有し、料理と買い物以外の家事を全部任せることができた。


病気になっても、今では産業革命の恩恵により、病院は無償である。


最も、不老と若返りの魔法の恩恵を全ての国民が受けられるようになった今、病院に行かなければならないほどの病気はそうそうない。


不老長寿は究極の健康法であり究極の美容法なのである。


最低収入の彼ですら、産業革命以前と比べると天国のような暮らしをすることができるのだ。


これこそが高度文明の恩恵。


今や帝国はかくも豊かである。




 クリュは産業革命以前を知る世代だ。


人が老いて病んで死ぬことを知る最後の方の世代である。


歴史の教科書の時代から若いままの姿で生き続けている現人神女帝クエーサーを除けば帝国でも最長老の部類に入る。


貧しい農村の貧農の家庭に生まれた彼は、そのまま作物を作り続けて結婚し子供を作り育て生涯を終えるはずだった。


施された教育も、なんとか読み書きが出来るのと簡単な計算程度のものだった。


しかし産業革命と呼ばれる社会の大変化は彼の人生も大きく変えた。


新しく発明された蒸気機関で動作する農業用トラクターやコンバイン、魔法による窒素固定やリン抽出による化学肥料といったものが、かつて人手を要する労働であった農耕を大きくかえ、農地は国有となり農村で働く農民たちは国営農場で働く公務員とされた。


少ない人手と労力で広い農地を管理することのできる様々な新発明の普及は農村で必要な働き手は激減し、故郷で余剰人材となった彼は、人手が不足している帝都に出てきたのである。


産業革命で魔力充填の仕事はいくらでもある。


学も無く、高度で複雑な魔法を習得しているわけでもない彼でもできる、簡単な仕事である専業魔力充填労働者で食い繋ぐことはできるのである。


専業魔力充填労働者は社会のセイフティネットでもあるのだ。




 かつては無学だったクリュであるが、今はそうでもない。


帝国において学費は無償である。


入学年齢にも上限はない。


入学試験はないが卒業は難しい。


不老と若返りが社会に普及していく中、社会階層が固定化されることを嫌った現人神女帝クエーサーが施行した政策である。


専業魔力充填労働者は最低収入の職業だが、その労働条件は段階的に向上して現在に至っている。


節約し長めに働き、貯蓄に励めば数年は働かずに勉学に専念できる額を貯められる。


クリュは何度か断続的に学校に通い、今は義務教育課程を終え大学への入学資格を手にしていた。


(クエイスシャイタン法科大学を卒業すれば、人員に空きがあれば中級以上の官吏になれる資格も、司法試験の受験資格も手に入るんだ。もし司法試験に合格できたら俺の未来は明るいじゃないか?)


クエーサー帝国の大学は入るのは簡単だが教わることは非常に多く、出るのは難しいと評判であるが、留年も考慮に入れて卒業まで学業に専念できるだろう額を貯め終えたのである。


卒業までに貯金が尽きても休学して働いて貯蓄すればすむのだが。


最底辺労働者でも快適に暮らせる豊かなクエーサー帝国。


居心地が良くてこのまま満足するものもいるがクリュは『ただ生きるのではなくより良く生きる』という言葉に共感を覚えていた。


不老長寿者にとって時間は味方である。




 (仕事の前に朝飯だ)


装甲帝都の異名の元となった、魔法により防錆加工された鋼鉄で作られた建築物群と、これもまた鋼鉄舗装の道からなる街並み。


蒸気機関駆動の自動車が行き交う車道の路肩に並ぶ屋台の中から適当なものを見つける。


「イラッシャイマセ。ゴチュウモンヲオネガイイタシマス」


店番の骸骨模型が蓄音機を作動させ定型句を再生した。


「粥一杯。肉と野菜いっぱいで」


「サキバライデス。百ファゾムデス」


「ん」


程なくして、どんぶりに並々と注がれた粥が彼の前に出された。


粥はクエーサー帝国の主食である、澱粉が豊富な作物アキュリーナを煮込んだものである。


塩味が強い。


肉と野菜がどんぶりにどっさりと乗っている。


労働者のための労働者飯といえる粥である。


クリュは美味しく粥を平らげ仕事に向かった。


(今日はお祝いに女を抱こう。おまんこファンタジー7号店とかどうだろうか。嬢のナンバーワン、エリアスちゃんを指名しよう)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る