日本国・転移
魔法の復活より1ヶ月ほどが経過した地球。
魔力という未知の力によって、いつかは今までの技術では不可能だった何かが出来るようになるかもしれない…そう魔法の復活について楽観的に構える者が多く、悲観する者たちは少ない。
そのため、ひと時は全世界で話題が沸騰したが、今は概ね落ち着きを取り戻しており、地球の人々は日常を過ごしていた。
そして日本国・とある繁華街。
オフィスカジュアルの服装に身を包む男、田中悠太は会社員である。
総務で働く彼は残業を終え、家路についていた。
「今日はよく働いたな…」
悠太の勤務先は、年中、毎日残業があるようなキツい仕事ではなかったが、繁忙期というものはあるのだ。
疲れはするが、当然その分は給与にはきちんと反映されている。
(よし、今日の俺は自分へのご褒美だ)
彼はしばらく前、リピーターになる程度にお気に入りの店を見つけていた。
繁華街の片隅に開いているその店に足を運ぶことにしたのである。
悠太のお気に入りの店は、タイから来た料理人が日本人にも合うタイ料理を出すということで評判の良い店だった。
『サーマート・アローイ』という店名を掲げた出入り口をくぐる。
「イラッシャイマセ。ゴチュウモンハナニニナサイマスカ?」
席に着くと、注文を取るため店員が近づいてくる。
「フォー入り濃厚トムヤンクン、辛さ5、酸っぱさ5でお願いー」
悠太はメニューを見ることなく答える。
「ハイ、フォーイリノウコウトムヤムクン、カラサゴ、スッパサゴデスネ。ウケタマワリマシタ。ショウショウオマチクダサイネ」
なまりの強い言葉で、これもタイ人の店員(日本に留学に来ていて、ここでのバイト料を生活費の足しにしているそうである)が注文を受ける。
フォーは元々タイではなくベトナム料理の食材であり、本場タイのトムヤムクンには入っていないのだが、この店の料理人はフォーがトムヤムスープに合うと考えて、満腹感を与え腹持ちが良くなるということで、注文によりトムヤムクンに入れるかどうかを選べるようにしていた。
辛さと酸っぱさも、多くの客の口に合うよう1から5まで客が自分の好みに合わせて選べる。
5は一番辛く、一番酸っぱい。
悠太がこの店で初めてフォー入り濃厚トムヤンクンを食べて以来、たまに無性に食べたくなり、何度も注文しているお気に入りのメニューであった。
一番よく売れる看板メニューでもあった。
悠太が注文した料理を待ち程なくすると、店員が料理をトレイに乗せて、彼のテーブルに近づいてきた。
お気に入りのフォー入り濃厚トムヤンクンの味と香りを想像し、悠太の期待は膨らんだ。
その時である。
悠太は凄まじく強大な魔法の感覚を覚えた。
あまりにもその感覚が強かったので、どうにも混乱を覚える。
「な、何が?!」
そして目の前から店員が消えていた。
「え?!人が消えた?!」
「…そうだ、警察を!」
通話するためスマートフォンをポケットから取り出した。
警察は大騒ぎである。
突然、全ての人員があまりにも強大な魔法の感覚を覚えた。
そして全ての回線が塞がるまで、人が消えたという通報がひっきりなしに行われる。
逆の通報も多い。
『外国にいたはずなのに、いきなり強大な魔法の感覚を覚え、気がついたら日本に戻っていた』という通報だ。
『それは警察の担当事項なのか?』
と思った者もいたが、日本の常識として非常事態にはまず警察に通報である。
非常時の連絡先ということで、消防にも通報があったが、警察ほどではなかった。
数時間後にはこれが日本全国を襲った現象であることが、警察上層部に認識された。
少なくとも、おそらくほぼ確実に魔法が原因で、二種類の怪事件が起きている。
在日外国人がいきなり消えた。
海外に居た日本人がいきなり日本に現れた。
非常事態を認識した日本のトップ、総理官邸にしかるべき役職の人間が集まった頃には、どうやら全ての在日外国人と在外日本人の身にこの事態が起こったらしいということが明らかになっていた。
そして総理官邸が受けた報告はこれだけではない。
突然、全ての人工衛星との通信が途絶したのである。
衛星だけではない、諸外国との通信も全て途絶していた。
天文台からは、夜空の星の配置が異常な物となっているとの報告を受けている。
今の所、日本を覆う混乱は深まるばかりである。
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