百合帝国の片隅でーその2
その時アリスはコンピューターゲームをプレイしていた。
あまりにも原始的なコンピューターゲームだ。
情景は画像ではなく文章で表示される。
ゲーム中の行動も、キーボードから文章で打ち込むことで行われる。
プレイヤーが状況を判断するための文章は、ゲームの作者が作成したシナリオを元にAIが生成するし、ゲーム中の行動の結果もAIが入力された文章から判断するという点がコンピューターゲームの黎明期から進歩した部分であった。
アリスの操る主人公は、暗黒城の最奥、玉座の間で今まさにゲームの目的である幻妖魔導士の首級を挙げんとするところだった。
アリスの体内に埋め込まれ、脳に直接結線され、もはやその一部となっているコンピューター。
ネットに常時接続されているそれが、彼女にメッセージがあることを告げた。
『政府より国民投票のお知らせです。賢明なる有権者の皆様におかれましては、様々な角度から視野を広く情報を検討し、決断を下され意思を示されるようお願いいたします。なお、棄権の場合は、政府への白紙委任の意思表示とみなされます』
「あらあら何かしら?」
アリスはゲームでの主人公の行動を決めようとする思考を中断し、メッセージの主題を自分の意識に浮かべた。
メッセージの本体部分によれば、ことの起こりは『惑星との対話プロジェクト』である。
始祖人類の恒星間植民船がこの惑星に到達して以来、この惑星には異常な点が確認されていた。
いくつかある大陸のうち、一つだけ生物の生息しない砂漠の大陸があり、入植はその大陸になされた。
他の大陸は入植が困難と判断され、その理由は生態系が異様に強大であったからだ。
地球の日本国で生まれ育った前世の記憶を持つアリスが例えるに、『象より大きく重く、それでいて猫のように俊敏、走ればチーターより早く、戦車の装甲のごとき生半可な銃器など受け付けない表皮で覆われている』様々な獣が群れをなし生息している。
プラスチックや金属といった素材を腐食する、未だに分析のなされていない『瘴気』と呼称される謎の胞子の霧が大陸のあちこちに立ち込めている。
おそらくアリスが日本で前世を終えた1960年代後半の自衛隊の装備では一匹でも対処困難な、『怪獣』と呼称される巨大生物。
研究者たちは、この惑星の生態系は、恒星からの光と熱だけを原動力としているのでは説明できないと結論づけ、惑星の特異性について様々な仮説が唱えられた。
その仮説の一つは、この惑星は一つの生命体とみなすことができ知性すら備えていると言うものだった。
その検証のために発足されたのが、『惑星との対話プロジェクト』である。
これは、最近精神結合のための手段が開発されたために初めて可能となった。
数百名の精神感応能力者の精神を一つに接続し、一時的、擬似的に一つの強力な精神とすることにより、その強力な精神感応能力で惑星知性との接触を試みるのだ。
プロジェクトはかなりの成功をもたらした。
惑星の精神と思しき強大な精神と接触したのである。
しかし、惑星知性と思しき相手はあまり好意的ではないようだったのである。
彼(?)は異質な精神であり意思の疎通はなかなかに難しいが、どうやら人類は不快な存在であるらしい。
今の所、人類の存在は致命的ではないにしろ不快な皮膚病と言えるらしいとは、彼と接触した能力者たちの感想である。
人類が惑星の表面で思考活動すること自体が彼の精神に不快なノイズを起こすらしく、解決法は人類が惑星から退去することのみであることをプロジェクトチームは推察していた。
そして、人類と接触し、その存在を認識し、どのような生物であるかをおおむね知った(と思われる)彼はその精神能力で人類をその都市のある大陸ごと、人類の生存可能な他の惑星に転移させるという提案をしてきたのである。
各国政府はやむを得ずそれを受け入れる方針を固めていた。
メッセージには、その理由も含まれている。
惑星知性にとって、(おそらくは)微生物程度の存在にすぎない可能性が高い人類の生存を気にかけてくれている理由は不明だが、あるいは彼の倫理観か何かかもしれない。
他の惑星に大陸ごと転移という離れ技が可能ならば、単に人類を宇宙にでも放逐して不快の源を断つことも可能であろう。
それを提案の形をとるというのは人類にとって破格の好条件と言える。
惑星知性、一つの生命体としての惑星を研究する機会を失うのは残念だが、これは是とすべきだろうというのが政府見解だった。
(多分国民投票は形式ね)
アリスは思った。
(きっと過半数の有権者は政府の方針を支持するだろうし、政府の中の人も当然それを予想している。私もこれは政府見解を支持で投票ね)
彼女の意思は、すでに人格の一部となっている脳内人工知性を経由し投票システムに反映された。
念の為、転移先の新惑星が実は生存できない環境だったという事態を防ぐため、転移先の惑星のデータを惑星知性に提供してもらうことと、百合帝国人のデータをくどいくらいに惑星知性に提供することを意見として付け加え、しばし思索に入る。
(うん、これ以外の案は少なくとも私には思いつかないわ)
アリスはゲームに戻ることにした。
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