百合帝国、異星に転移する
うどん魔人
百合帝国の片隅でーその1
アリス・リデルはアーコロジー内の自宅に据えられた、地球出身の人間が見るとオルガンやピアノを連想するだろう、鍵盤楽器型のコンピュータコンソールの前に腰掛けていた。
アリスは地球の美的基準から見れば、あまりにも美しい、ありえざる美しさの、七歳ほどの幼女に見えた。
それはこの、日本語で言うならば百合帝国と意訳される都市国家の全ての住人に言えることだ。
百合帝国人は遺伝子デザインにより、究極の美しさが生まれつき保証されているのである。
百合帝国の人類は、知性と美少女性を何よりも追求していた。
かつての祖先に比べ数多くの生物工学的改良の施されており、サイバネティクス機器の埋め込みも施されている彼女はすでに、祖先となった人類とは別な新種族なのだ。
アリスの肌は抜けるように白く、陶器よりも艶やかでそれだけで美しいとすら言える質感だ。
完全な美肌を実現するため、帝国の遺伝子デザイナーたちは自分たちの種族の在り方を自分たちでデザインできるようになり始めた初期には百合帝国民の肌から、髪・眉毛・睫毛以外の全ての体毛と毛穴、汗腺を削除していた。
今では百合帝国人の体温調節は体内の熱を体表から赤外線から紫外線までの波長帯の光に変換して体表から放射することにより行われている。
彼女の肌はほのかに発光しているのだ。
微かに芳香が漂っていた。
皮膚と口腔の常在菌も遺伝子操作された菌株であり、皮膚の老廃物や口臭の元になる口腔内の物質を代謝し芳香物質に変換しているのである。
唾液と愛液からも芳香が漂うように、遺伝子を改良されてもいる。
腎臓を改良し、消化液を改良し、腸内細菌も遺伝子操作された菌株となっており、彼女は排泄物からすら芳香を漂わせる。
目は始祖人類より明らかに大きいが、顔のバランスを壊すような大きさではなく、頭部の低い位置にあり、頭は大きく顔は小さい。
輝く宝石を思わせる、澄んだ青い瞳は目からこぼれ落ちそうなほど大きい。
ただただ彼女の容貌に、愛くるしさをもたらしている。
宝石のように美しい瞳を追求するために、虹彩の光の反射率を上げ、角膜が完璧な光沢と透明度を持つようにされている。
睫毛は長く、ペンが余裕で乗る長さである。
デザイナーがまつ毛を長くしたことに美容以外の意味は特にないが、目と瞳の大きさには意味がある。
百合帝国の遺伝子デザイナーたちはせっかく眼球と瞳を大きくしたのだからと、彼女らの視覚を大いに強化していた。
アリスの目は赤外線から紫外線までの波長帯を捉え、視力自体も始祖人類よりはるかに細かく遠くまで見える。
頬骨は全く目立たずほうれい線はなく、鼻と口は始祖人類より明らかに小さい。
デザイナーたちは小さくなった鼻の、狭い鼻腔でも嗅覚と呼吸を損なわないよう工夫を凝らしていた。
彼女の肺は祖先人類よりはるかに効率的にガス交換を行うことができる。
始祖人類に比べ、ゆっくりとした少ない呼吸で済むのである。
嗅覚は、嗅覚細胞の受容器密度を上げることで対処していた。
口が小さくなった分摂食に多少時間がかかるようになったが、それは特に問題にされなかった。
文明人は食事をゆっくりと楽しむべきであるという考えが百合帝国では主流である。
この惑星の全ての都市国家では生産活動と社会の維持活動が完全に自動化されており、かつては富裕層のみが食べることができた如何なる贅沢な美食も無料で思いのままなのだが、とはいえ食べるのが面倒だからという理由で液体の完全食品を流し込むだけという無味乾燥な食生活を送るものもたまにいる。
完璧に美しい唇のピンク色は、始祖人類のように血液の色が透けて見えるためではなく、ピンクの色素が沈着しているためであり、潤いある艶やかな質感もまた表面の細胞にそのような光学的性質を持たせてあるためだった。
頬のうっすらとした桜色も、色素を適度に沈着させているためであり、頬紅をつけているわけではない。
彼女の長い金の髪は艶やかだ。
髪のキューティクルは熱や紫外線、摩擦などで損なわれず、最適な光学的性質を保ち続けるようデザインされていた。
美少女性のために、ここまで遺伝子をデザインしたのである。
アリスのあまりにも整いすぎていて人間離れした、作り物めいた特徴ある幼い美しさは、この惑星では百合帝国顔と呼ばれ、帝国人に共通していた。
彼女は青い、地球ではエプロンドレスに近い衣服に身を包んでいた。
その身体は驚くほど華奢であり、容易く折れそうな細さであるが、痩せているという印象を与えない。
デザイナー達は骨格そのものが細く華奢になるよう遺伝子を設計していた。
しかし、その驚くほど華奢な体型と骨格にも関わらず彼女は脆弱とは言えない。
百合帝国の遺伝子デザイナーは始祖人類より断面積あたりの筋繊維の出力を増大させることに成功していた。
骨は骨細胞が分泌するカーボンナノチューブで補強されている。
彼女のあまりにも華奢で簡単に折れそうにも思える幼い手足は始祖人類の成人男性より強い力を発揮でき頑健なのだ。
とはいえ、幼い手足が短いのと羽のように軽い体重は如何ともしがたく、格闘には不利であろうが。
彼女の前にあるコンピューターの、コンソールと一体型である本体は、グランドピアノほどの大きさがある筐体で艶のある純白に金の象嵌で曲線的な装飾が施されている。
ピアノやオルガンなら白と黒であろう鍵盤は、透明な素材で作られていた。
譜面台がある場所には透明なディスプレイがあり、光る文字が映されている。
このコンソールは全く非実用的な代物である。
鍵盤型キーボードなど嵩張るだけで見た目以外に意味など無い。
腕を伸ばして遠い鍵盤を叩かねばならないような代物など使わなくとも、通常のマウスとキーボードを使ったほうが手軽であるし使いやすい。
好みによっては、音声入力だってある。
ディスプレイもまた趣味だけの代物だ。
透明なこのディスプレイは黒い色を再現することはできない仕様になっている。
このコンピューターをデザインした誰かが単に見た目を最優先したためだ。
黒や闇の表現をしないのなら、空中にホログラフを投影しても構わないはずだが、デザイナーは物理的にディスプレイがあることにこだわったらしい。
この惑星の住人の大半はわざわざ古い入出力方法を用いたりはせず、脳と直接情報をやり取りする思考入出力を使っている。
実に懐古趣味である代物だった。
大きさにもさして意味はなかった。
ほとんどの個人の日常の用途は脳内のコンピューターに収まり、足りなくなってもネット経由でいくらでも演算能力と記憶容量を調達できる。
この機械はグランドピアノのサイズの筐体に、余すところなく部品を詰め込んでいた。
アリスは前世で地球の記憶を持っている。
地球で初期のスーパーコンピューターの、10の数千乗倍ほどにもなる演算速度を持つコンピューターは彼女一人の用途を満たすだけなら性能が過剰である。
好事家の好事家による好事家のための、優雅で神秘的な外見の機械がこの鍵盤楽器型コンピューターであった。
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