第11話

コルメリア魔法学園の職員室は、北棟と南棟のちょうど間に位置する。

それ故に、行けば高確率で貴族に会う。なのでクーリアは、できる限り行きたくなかった場所でもあるのだ。


「あら?こんな所に白、がなんの用ですの?」


案の定、1人の貴族令嬢に絡まれてしまった。


白っていうことをわざわざ強調しなくてもよくない?


喉元まで出かかった言葉をなんとか飲み込む。言えばもっと面倒なことになるのは分かりきっているからだ。


「ちょっと。なんとか言いなさいよ」


かと言って、何も言わなかったら言わなかったで突っかかられるのだが。


「先生に呼ばれて…」

「まぁ!わたくしに口を利くなんて何様ですの!」


じゃあどうしろと?!


言えば難癖を付けられ、言わなくても難癖を付けられる。どちらの選択肢を選んでも散々な結果になる。


「おやおや。男爵令嬢ともあろうお方が、職員室の前で騒ぐのですか?」


どうやって突破しようとクーリアが考えていると、突然そんな声が聞こえた。


「あ、えっと、その……」


その声の主を見つけ、あからさまに慌てだす令嬢。

クーリアもその主を見つけることが出来、令嬢とは逆に少し笑顔になった。


「お兄ちゃん」


その主に向かってクーリアがそう声をかけた。

そう。先程の声の主はクーリアの実の兄であった。


「お、おに?!え?」


その発言を聞き、さらに慌てだす令嬢。


「クー。こんな所でどうしたんだい?」


そんな令嬢を差し置いて、イケメンな兄はクーリアに問いかけてきた。


「ちょっと先生に呼ばれて…」

「また時間を忘れてたのかい?全く、クーも反省しないねぇ」


咎めるような口調ではあるが、明らかにクーリアを大切にしていると分かる口調でもあった。


「私は悪くありません」

「うーん、それはどうかな?考えてみて?いつも時間を守らない友達がいたとして、クーリアはその友達の事をどう思う?」


兄にそう言われ、クーリアは少し考える。



……だが、クーリアが出した答えはとても能天気なものだった。


「なにか大切な用があったのかなぁーって」


その答えを聞き、兄は頭を抱えた。

兄はクーリアに他人の視点になって考えてもらい、自分の過ちを理解してもらおうとしていたのだ。しかも今回だけでは無い。何度も同じことをし、そしていつもクーリアの答えに頭を抱えていた。


「はぁ…クーのその優しさは素晴らしいんだけどね?もうちょっと別視点から…」

「じゃあ…忘れてたとか?」

「うん、そうだよ!その通りだよ!」


やっと望んでいた答えが出たと、兄は内心歓喜していた。




……だが、クーリアの次の言葉で玉砕することになる。


「でも忘れるのは人であるが故ではないですか?」


そう。記憶力というものは人によって異なるし、誰もが少し前のことを覚えているとは限らないのだ。

その答えを聞き、兄は沈黙するしかなかった。


「もう、行っていいですか?」

「………ああ。行っておいで」


もうクーリアを説得することを諦めた兄は、そのままクーリアを見送った。

クーリアは、まるで凍ったように動かなくなっていた令嬢の脇を通り、ナイジェルの元へと向かっていった。


そして職員室に入る寸前、クーリアはある言葉をこぼした。







「お兄ちゃんももう諦めればいいのに」



そう。クーリアのあの対応は狙ってやっていたのだ。決して馬鹿とか、天然とか、優しいからとか、そう言うことではない。寧ろわざとやっているあたり…悪魔であった。

何故そんなことをするのか。そんな理由、ひとつしかない。






──だってめんどくさいんだもん。




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