第3話 魔力と髪の色の関係

 アッシュはよく分からずに小首をかしげると、マリは説明をした。


「ほとんど知られていないけど、私たち魔法使いは体内の魔力を使いすぎると、髪に蓄えられている魔力が使われるのよ。使える魔力をかき集めようと体が何とかするんでしょうね。そして髪に蓄えられていた魔力が使われると、色素も抜けてしまうみたい。だから、大体この色に変色する」


 初めて聞くことであり、重要なことも含まれていることもあって、アッシュの表情には戸惑いが浮かんだ。


「それって大丈夫なの……?」


 魔力が一時的になくなる状況というのは、体に相当な負担が強いられたに違いない。アッシュが心配そうに聞くと、マリは変わらない調子で答える。


「回復したから、問題ない。以前のように魔法が使えるしね。ただ、一旦抜けた色は戻らないみたい」


 アッシュは「そ、そっか……」とうなずくと、話を少しらすため思っていたことを口にしてみた。


「あの……何と言うか、髪の色もそうだけど、前から比べると雰囲気が変わったね……」


 顔立ちは間違いなくマリなのに、昔の雰囲気がほとんどない。


 鋭い視線を向けるような人ではなかったし、声も低いのは変わらないが、明るくて柔らかだった。それが消えてしまっている。


 するとマリはアッシュの気持ちを察してか、自嘲気味じちょうぎみに笑う。


「あまりに変わっていて驚いた?」


「……え……、ああ、うん」


 その問いは、「いい意味での変化」を意味していないことは分かっていたが、嘘がつけないので、正直にうなずいてしまう。


 気を悪くしただろうかと彼女の表情をうかがうと、あまり気にしたふうではない。というよりも、頓着とんちゃくしていないようである。


「あの、余計なお世話なのかもしれないけど、もしかして仕事が大変なの? まともに働いていない僕が言うのも変だけどさ、それなら無理をしなくてもいいんじゃないかな……」


 アッシュの両親は工房を営んでおり、「アーディ」という、いわゆる「魔法の補助道具」を作り販売して生計を立てている。本来ならば、長男であるアッシュがその工房を継ぐはずだったが、彼には継ぐことができなかった。


 アーディを作るには、技術と多くの魔力を必要とする。魔力のないアッシュにはこの仕事をさせたら、途端に魔力不足で命の危険に見舞われるだろう。


 それを懸念した両親は、早々にアッシュに継がせるのをあきらめ、次男であるリクに工房を継がせようとしている。


 その一方で、魔法が使えないアッシュが働ける場所も家の工房のみである。スーベル島にある仕事は全て魔法を使う。そのため、魔法を使わなくて済む仕事を与えてくれるのも、実家の工房だけなのだだ。


 工房の手伝いと言っても、貢献できることといえば、彼はこの場所で弟が運んでくる「アーディ」に彫りを施して、花の模様なり、客の家にある紋章もんしょうなどを刻んでいるだけである。


 だが、装飾の仕事もそう多くない。客も魔法使いであるため、装飾など自分たちで幾らでも施すことができるからだ。


 よって周囲は、「長男が継がないこと」と「アッシュが表に出て働かないこと」に対し、とやかくいうやからもいる。それを避けるために、アッシュは人気のない岩山の近くで、ひっそりとあまり仕事もせずに一人暮らしをしているのだった。


 彼は仕事ができないことに負い目はあるものの、最近では「できないことは仕方がない」と開き直っている。その上で、この場所でゆったりとした時間を過ごしているわけだが、目の前にいる幼馴染は選ばれた人しかできない仕事をしているのだ。

 そんな彼女に「無理をするな」などと自分が言うのは間違っているようにアッシュには思えた。


「無理をするのは私の勝手だ」


 案の定ともいえる答えに、アッシュはびくりとする。マリは気にせずに言葉を続けた。


「それに、これからもっと魔法を使わなくちゃならなくなるから、そんなことをいちいち気にしていられない」


「それって……どういうこと?」


 アッシュが何となく嫌な予感がしながら、マリに尋ねた。

 すると彼女は淡々たんたんと答える。


「魔法をこの世から消し去るのよ」


 アッシュは自分の耳を疑った。まさかそんなことがと思い、半笑いを浮かべながら聞き返す。


「あ、あの……もう一度言ってもらえる、かな? なんだか、聞き間違えたみたいだ」


 だが、マリの答えは静かで冷たかった。


「そのままの意味よ。この世から魔法を消すの」


「……冗談だよね?」


「冗談じゃないわ」


 きっぱりと答えるマリに、アッシュは息をのんだ。彼女は本気である。

 しかし、魔法を消す具体的な方法が思い浮かばず、アッシュは小さく反論した。


「だとしても、できっこないよ。魔法を消すなんて、そんなこと……」


「私ができないことを口にしていると?」


 マリが冷笑を浮かべる。アッシュはそれに気圧けおされて、目線を彼女かららした。


「だけど……、どうやって……」


「とても簡単な方法があるでしょう」


「簡単な方法……?」


「魔法使いがいなくなればいい」


「……」


 アッシュがごくりと生唾なまつばを飲み込む。


「いなくなるって……、まさか殺す気……?」


 アッシュの問いにマリは答えなかったが、そのかわりふっと笑う。そして、ゆっくりとアッシュに近づいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る