第3話 忠告

東奈消防署に着くと、中にいた少し年上の男性がこちらに気がついて声をかけてきた。


「非番の日も仕事に来た?」

「違いますよ。坂下います?」

「坂下ならさっきロッカーのとこにいたけど……え? 何? 彼女を自慢しに来たの?」

「それも違いますよ」


眞白さんは笑いながら、


「こっち」


と言って、わたしを中に連れて行ってくれた。



ロッカーのある場所に行くと、女性の消防隊員がいた。


「坂下、ごめん、この子なんとか取り繕えないかな? JR乗らなきゃいけないんだ」

「何?」


坂下と呼ばれた女性は、わたしのブラウスとスカートを見て、


「あぁ……これは困ったね。何か探してくるけど、あんまり期待しないでよ。手を洗いたかったら、そこね」


と言うと、ロッカールームの端にある手洗い場を指し示し、どこかに行ってしまった。


「あっちで待ってるよ」


そう言うと、眞白さんもわたしを一人置いて行ってしまった。


手を洗っていると、戻って来た坂下さんが、わたしをじーっと見ながら言った。


「医療関係者?」

「違います。まだ学生です。看護の……」

「看護か。やっぱりね、普通の子はそういう洗い方しないから。これ、服どうぞ。わたしのを貸してあげられたら良かったんだけど、ここにはランニングウェアしか置いてないから。それじゃ恥ずかしくてJR乗れないでしょ? これ、ちゃんと洗ってあるらしいから。レギンスはわたしのだから安心して」

「ありがとうございます」

「ここで着替えられる? 誰も入って来ないように見てるから」

「大丈夫です」


わたしはさっさと上のブラウスをぬいだ。

下着姿になったわたしを一瞬見た坂下さんが、目を細めた。


「この傷ですよね?」


右肩から脇に沿ってウエストのあたりまで続く大きな傷跡。


「ごめん」

「子供の頃、木から落っこちて、その時ついた傷なんです」

「そうなんだ。それだけ大きいと、痛かったよね……」

「それが、全然記憶にないんです。わたし、木から落ちて気を失ったらしくて、ドクターヘリで、そこの東奈大学病院に救急搬送されたんですけど、気がついたら全部済んでて、ベッドの上でした」


貸してもらった服は、普通にパーカーとレギンスだったけれど、背の低いわたしが着ると、パーカーのワンピにレギンスという、よく見かける格好になった。


「どう? 大丈夫そう?」

「はい、ありがとうございます」


一緒にもらったビニールに着ていた服を入れていると、坂下さんが真面目な顔で聞いてきた。


「眞白の彼女……じゃあないよね?」

「違います!」

「あいつは……やめといた方がいい」

「本当に、そういうんじゃないです」

「ならいいけどさ」



「やめといた方がいい」なんて言い方をされたら逆に気になってしまう。


「どうして……」


そう聞こうとしたした時、署内に放送が流れた。



「東奈署管内 火災入電中」



「ごめん、行くね!」


坂下さんが慌ただしく出て行った。



「東奈署管内 建物火災 一般建物」



次の放送のすぐ後で、大きなサイレンとともに、消防車と救急車が署を出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る