第54話 君と同じ思いを共有できたのに

「後は……僕は森野さんと出会えてとってもとっっても楽しい日々を送れました。本当にありがとうしかありません。

 出会った時から森野さんは森野さんらしかったね。思ったことを隠せないというか、口に出さないではいられないみたいな。今思い出しても笑っちゃうけど、ギャップ萌えか!って叫んでたよね。今思えば、金髪のイキったやつが猫を可愛がってたらそんな感想が出てもおかしくないって分かるけど。それにしても、ふふっ…あんな声のかけられ方することは二度とないだろうね。森野さんはこれから気をつけた方がいいよ。本当に悪い人だったらひどい目に遭うかもしれないからね。

 でも、まさかそこから高校デビューを手伝ってもらうことになるとは思いもしなかったなぁ。その節はお世話になりました。今なら分かるけど、あの時の僕はどうかしてたね。森野さんプロデュースのおかげでなんとか軌道修正できて、友達もたくさんできて本当によかった。スマホの中の他の写真は見たかな?あっ、森野さんを盗撮したのがあるな……あれは消しとかないと、きっと怒られるな。でももったいないな……とにかく!自分でも驚くくらいたくさん友達との写真があって、まさかこんな高校生活が送れるなんて思いもしてなかったよ。それも全部森野さんと出会えたからだと思ってます……」

 山石君のメッセージを思い出しながら、山石君と出会った当時の記憶もフラッシュバックしてくる。山石君の目つきが悪くてにらんでるみたいな顔、不安そうな顔、笑った顔、驚いた顔、嬉しそうな顔……金髪で悪目立ちしてたのに話してみると素直ないい子で、コロコロ変わる表情から目が離せなかったのを覚えてる。

 山石君のことを思い出しながら弾いていると、突然目頭が熱くなってきて視界が歪んだ。今まで体の中で溜まっていた分が一気にあふれ出てきたかのように、とめどなく涙が流れ落ちる。止めようと思っても止まらない涙で、目の前の鍵盤もよく見えなくなってしまった。でも、大丈夫。この曲は指が覚えてる。何百回と繰り返した動きを指が勝手になぞってくれるから……

「森野さんは覚えてないかもしれないけど、いつかの放課後に森野さんが昔ピアノを弾いてたって教えてくれた日があったよね。あの日が不思議と僕にとっては忘れられないんだ。どうしてかって言われると難しいんだけど……今ちょっと思いついたのは、あんなに自分のことをさらけ出して知ってもらいたい、相手のことも知りたいって思ったのが初めてだったからかもしれない。僕の昔のことやお爺ちゃんのことをたくさん喋って、森野さんの昔のことを教えてもらってピアノを聞かせてもらって、なんだか距離感というか、心の距離みたいなのがすっごく縮んだ日だった気がするんだ。僕の気のせいだったら恥ずかしいけどね。

 でも、この日から森野さんは僕の中で本当に特別な存在になったんだと思う。出会った時からすごく話しやすい人で、一緒にいてもすごく安心できる人で、自然と僕もたくさん喋っちゃって、それも熱心に聞いてくれて、最初からずっととってもいい人だなって思ってはいたんだけどね。

 だから、あの日はきっと他の人にとってはなんでもない一日だったのかもしれないけど、僕にとってはかけがえのない1日だったんだよ……」

 ……考えてることが一緒だった。私にとってもかけがえのないものだと思っていたあの日が、山石君にとってもかけがえのない思い出として残っていた。好きな人と同じ時間を過ごしただけでなく、思いまで同じように共有できていたことがこんなに嬉しいだなんて知らなった。けど、嬉しさが大きい分、それを伝えることができず、もう二度と同じものを共有できないという現実が、強く心を引きちぎろうとするのだった。

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