第41話 君は弱っているから

 初デートが終わってからしばらくは容体も安定しているように見えた。お見舞いに行けば一緒に囲碁をしたりおしゃべりしたりできる元気はあった。

 でも、少し残っていた寒さがぬるくなっていき、暖かいと感じる日がだんだん増えていくにつれ、山石君の反応もだんだん少なくなっていった。

 まだ調子が良い時にはベッドから体を起こして話したり、車いすに乗って一緒にお散歩もできていたけど……少しずつ上体を起こすこともできなくなっていった。それでも私は毎日欠かさず山石君に会いに行った。会わなかった日に何かが起こって後悔するなんてことだけはしたくなかったから。

「……今日さ、久しぶりにゴリ先生と会って山石君の話になったよ。ゴリ先生もいつか山石君と良い勝負ができるようにまた勉強してるらしいよ。」

「……そっか。」

 山石君自身、少しずつ弱っていくことへの焦りや恐怖から情緒が不安定になることも増えていたんだと思う。話をしていてもどこか上の空なこともあったし、辛そうな様子を隠そうともしない日もあった。

「……裕子がバレーの大会で優勝したんだって。市の小さな大会だって言ってたけど、今年は強いみたいだから県大会でも勝ち進めるかもって。みんなで応援に行きたいね。」

「うん。そうだね。」

「もうすぐ2年生になるから裕子ともクラスが離れ離れになるかもだけど。でも、一生友達だから応援には行くけどね!山石君ともまた同じクラスになれたらいいけど。」

「……やめてくれない。もう。」

「ん?なんて?」

「もう、学校とか友達とかの話はやめてくれないかな。」

「えっ、でも……」

「聞きたくないんだよ!もう戻れないんだよ、僕は!もう学校に行くこともないし、友達に会うこともない!囲碁だってもう二度とまともに打てない!いくら話を聞いたって意味ないんだよ!2年生になっても学校に行けないんだから、クラス替えなんてどうだっていいよ!もう何もかも僕とは関係のない話なんだよ……もう辛いんだよ……」

「ごめん……私は少しでも楽しい気持ちになって欲しくて、楽しい話題をって……」

「いや、違う。ごめん、森野さんは何も悪くないよ。ただ、森野さんが楽しそうに話をしてるのを嫌がってる自分がいて、それがすごく嫌なんだ。羨ましがって妬ましがって、ぐちゃぐちゃな気持ちになって、こうやって森野さんに八つ当たりして。本当に最低だ……」

「……今、山石君は不安になってるだけで、落ち着いたら……」

「ごめん。今は何を言われても何されても嫌なことしか言えない気がする。申し訳ないんだけど、もう帰ってもらってもいいかな。」

 そう言って山石君は体を背けてこちらを向くことはなかった。

「……また、明日来るね。またね。」

 あふれ出しそうになるのを我慢しながら、なんとか普段通りを装って病室を後にする。

 山石君はすっごく不安になる時があって、たまたまそれが今日なだけで明日にはまた穏やかな山石君に戻ってるはずで、八つ当たりするってことはそれだけ心を許してる証拠なわけで、私が楽しそうにしているのが嫌っていうのももしかしたら嫉妬してたりして、私のことが大好きの裏返しで強く当たっちゃうってことで……

 心の中でどんなに理由をつけて整理しようとしても、動揺した気持ちは簡単には元には戻せない。大股で廊下を歩きながら、急いで病院から立ち去ろうと足を速めた。こんな姿を知ってる人に見せちゃいけない。目からあふれ出てきて止まらない水をぬぐいながら、できるだけ人通りの少ないルートを選んで病院から帰ったのだった。

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