第40話 君とのデート当日⑧
夕凪の中、ピアノから出る音だけが空気を動かし続けていた。コンクールの3曲に加え山石君のリクエストで文化祭の曲や月光を弾いて、山石君のためのピアノリサイタルは終了した。
「どうだったかな?まあまあ上手だったでしょ。」
「いやいや、まあまあではないでしょ。とっても上手だったよ。」
「ふふん、伊達にコンクールで賞取ってないわよね。たとえ電子ピアノでも音の響きが違うもの。」
「うん、それ僕のセリフだね。自分で言ったら台無しだよ……」
「だって、山石君普通に褒めてくれるから恥ずかしいんだよぉ。もっと茶化したり、実はミスタッチしてたとことか指摘してくれないと。」
「素人だからね、ミスタッチとか分かんないし。真剣に頑張ってる人を茶化したりなんかできないよ。」
「ほら、やっぱり真面目に返ってくるもん。もう、照れ隠しにケーキ食べちゃお。」
テーブルに用意されていたケーキを大きめの一口大に切って口に運ぶ。
「ごめんごめん。でも、森野さんのピアノを聞いてこうやってお話してると、あの音楽室に戻ったみたいだなぁ。あの絵を見た後だからかな。なんだか懐かしくってとっても楽しかったのを思い出したよ。」
「なーに過去形で言ってるの。早く体を治してまたあそこで一緒に囲碁するんでしょ?もう私も囲碁できるからピアノの合間に相手になってあげるよ。」
「そっかぁ……そうだね。それなら早く治さなきゃだね!」
「そうそう。といっても、音楽室で一緒にいられるのもあと少しだけなんだけどね。私も留学が目前に控えてるし。」
「もうそんな時期なのか。早いね。ピアニスト森野つばめの第一歩だ。」
「そうよ。私はここから賞をバンバン取ってコンサートもバンバン開いてバンバン有名になってバンバンブイブイ言わせるんだから。」
「最後の方はよく分かんなかったけど、気合は伝わった。僕もバンバン頑張らなきゃって気持ちになったよ。」
「うんうん。山石君は退院したらどうする?やっぱり囲碁を突き詰めて何冠とか名人とか目指しちゃう?」
「うーん、退院したらか……まずは学校かなぁ。クラスのみんなにも会いたいし、先生方にもあいさつしなきゃ。それで森野さんと音楽室で一緒に過ごして、登下校ではいっぱいおしゃべりをして。そうそう、そろそろ桜が咲き始めてもいい頃だからあの桜並木を歩きたいなぁ。もちろん、囲碁だって頑張りたいし、今度こそタイトル戦に出てタイトル獲ってみたいしね……なんだか考えてみたらやりたいことなんていくらでも出てくるね……」
もう死期が見え始めてる人に将来のことややりたいことの話だなんて酷なことなのかもしれない。でも、考えるだけなら誰でも自由なんだから、なるべく楽しいことを考えて一秒でも多く明るい時間を過ごしてほしい。私の思いはそれだけだった。
そこに突然の風が吹き込んできて、山石君の話と私の考え事は遮られてしまった。
「……そういえば、森野さんに渡したいものがあるんだった。今日のお礼にと思って、これ。今みたいに髪が乱れないように、コンクールとかでも使えるかなって。森野さんっぽいデザインだったから。」
おもむろに渡された紙袋を開けて見てみると、中にはヘアピンが入っていた。端の方には小さく音符とピアノがデザインしてあった。
「これ、私に?可愛い!ありがとう!でも、これどうやって?」
「さっき森野さんが言ってたでしょ。最近はポチっとしたら何でも買えるんだよ。」
「なるほど!すっごいすっごい大切にするね。大切に引き出しの中に収めて、毎朝拝んでから家を出るようにする。」
「うーん、使って。大切にしてくれるのはありがたいんだけどね。使ってくれた方がもっと嬉しいかな。」
「えー、じゃあしばらく飾ってから使わせてもらうね。」
「まぁ、それならいっか。」
最後に山石君からサプライズを貰ってデートはお開きとなった。
私が山石君をもてなそうと企画したデートだったのに、サプライズプレゼントを含めて山石君に気遣ってもらうことも多々あってしまった。けど、最後まで山石君も笑顔だったし、なんとか楽しく笑って過ごす一日にすることはできたかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます