第29話 私の結果発表
控え室でもたれかかった椅子は重力の何倍もの力で私を引きつけて離してくれなかった。演奏を終えて戻った途端、一気に力が抜けてしまった。演奏が終わった後にこんなに充実感を感じることができたのは初めてだった。
しばらく何も考えずに呆然としていたけど、肩にかけていたコートに手が当たってカチンと音が鳴った。そうだ、山石君は聞いてくれてたのかな。さっきまでの反動でいまだに動きが重い右腕にムチ打って山石君の番号に発信する。1コール目が終わる前に通話に切り替わる。
「もしもし、山石君、配信聞け……」
「森野さん、ありがとう!……いや、えっと、ごめん。いきなり何言ってんだって感じだよね……森野さんの演奏聞き終わって、どんな感想言おうかって色々考えてたんだけど、いざ電話に出てみるとなぜだか飛び出てきちゃって。」
「びっくりしたぁ。でも、うん、山石君らしい感想かも。そっちにも届いたみたいで良かった。」
「届いたよ!届いた!なんだかぶわぁーってなって胸の中から、こう、わわわーってなるものがこみ上がってきたよ!」
この人は興奮すると語彙力がなくなる人なんだな。
「よく分かんないけど、興奮してるのは分かった。」
「もう興奮というか、感動したよ。1曲目なんて最後いつの間にか涙が流れてて自分でも驚きだったよ。」
山石君も私と同じように何かを感じ取ってくれたみたいだった。
「私も!演奏の途中なのに泣きそうになって困ったよ。なんとか踏ん張ったけどね。」
「そうなんだ!一緒だね!これなら結果も楽しみなんじゃないの?僕は森野さんから教えてもらいたいから、結果発表は見ないでおくからね。」
「そんなぁ、ダメだったらどうするのよ。でもまぁ、やるだけやったから後は天に運を任せるだけだね。あっ、裕子たちが呼んでるから行くね。じゃあ……また後で。」
「うん、後でね……森野さん、大丈夫だよ、きっと。」
出た、山石君の大丈夫。これを聞くと、何の根拠もないけどなんとかなる気がするんだよね。実際、なんとかなってきたし。もしかしたら今回も……いやいや、あんまり期待しないでおこう。
電話を切って控え室を出ると、裕子たちが一緒に結果発表を見るために待っててくれていた。みんなで結果を聞くのはダメだった時の空気が恐ろしいから避けたかったけど、まぁ大丈夫か。山石君の大丈夫を胸に、裕子たちと客席に向かった。
「つばめぇ……づばべぇぇ……よばっだでぇ、ぼんどによばっだぁ……」
「いいからとりあえず皆並んで。いくよ、はい、ちーず!」
隣で号泣する裕子をなだめてあげたいけれど、両手が塞がってしまってどうすることもできない。きっと裕子はこの写真を見返した時後悔するんだろうなぁ、顔がすごいことになってるし、などど呑気に笑っていると瞬く間に記者の人たちに囲まれてしまった。
「森野さん、復帰後初のコンクールで優勝したお気持ちは……」
「一時期表舞台から姿を消していましたが、何か理由でも……」
「今後はどのように活動するお考えで……」
矢継ぎ早に投げかけられる質問に四苦八苦しながら答え、やっとのことで解放されたのは結果発表から1時間以上経った頃だった。ずっと優勝トロフィーと花束をもったままだったので腕がそろそろ限界を迎えていた。
「もう、へとへと……演奏する時よりも、した後の方が疲れた気がする……」
「そりゃ日本一なんだから!みんな大騒ぎするよ!かく言う私も親友が日本一だなんて興奮が冷めないわぁ。」
「まだ全然実感湧かないけどね。」
結果発表の時も全然実感はなかった。入賞者が次々と発表されていく中で全く私の名前が呼ばれず、あと呼ばれるのは優勝者だけというところで周囲を諦めの空気が包んでいたのは感じていた。唯一、隣で裕子だけが私の名前を呟きながら本気で祈ってくれていたので心が救われた。裕子に何て言って慰めようか、というか慰められるのは私か、なんて考えながら裕子に話しかけようとしたら、いきなり裕子や周りの人が立ち上がって喜び始めたっていうのが実際のところだ。まさか自分の名前が呼ばれるなんて考えてもなかったから、優勝者の発表を聞き逃してしまったのだ。
誰か結果発表の時の動画でも撮っててくれたらいいんだけど。どうせなら山石君にも見てもらってて録画してもらっとけば良かったなぁ。まぁいっか。なにはともあれ、山石君に良い報告ができるんだし。
「……アノ、イイですか?」
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