第9話 君のお節介と私の絶望

 桜並木の桜の花も散り尽くして綺麗な緑のトンネルを作る頃、高校に入って初めての文化祭の準備が始まった。

 文化祭は校内向けの初日と一般の人も参加できる2日目の2日間行われる。初日は午前中に文化部の活動発表と各クラスの合唱がメインのステージ発表が行われ、午後に翌日の準備をする。そして、2日目が出店や展示の一般公開をするという日程で開催される。

 文化祭の準備の始まりは、合唱の曲決めからだった。元々音楽をやっていた身としては、ぜひ曲決めには関わっておきたいところだったが、後々のことを考えて目立たないようにひっそりとやり過ごすことに徹した。後ろの席の方から意見を出さないのかと、せっついてくる小声が聞こえるような気がしたけど、きっと幻聴だろう。

 あの日――ピアノを数年ぶりに弾くことができた日――以来、山石君とはぐっと距離が縮まった気がする。こうして冗談っぽいやり取りをできるようになったのが良い証拠だ。入学当初は控え目だった山石君が、良い意味でかなり気安く声を掛けてくるようになったのだ。それは私に限った話じゃなくて、他のクラスメイトとも気軽に話をする姿を見ることが増えてきた。彼の中で何か心の変化でもあったのだろうか。

 回想に浸っている間にも話し合いは進んでおり、クラスの合唱曲は無難に先輩たちが去年歌った曲に決まった。曲が決まったら、後は指揮者とピアノ伴奏者を決めるという段になって話し合いが進まなくなってしまった。誰も名乗り出る人がいないのだ。

「誰かピアノ弾ける人はいませんかー?」

 文化委員が呼びかけるが、その声は教室の空中に消えていく。クラス内に牽制し合うような緊張した空気が流れ続ける。

「……そういえば、田村さんって小学生の時からピアノやってなかったっけ?」

「えっ、いや、私はもう辞めてるから弾けないかな……」

「小林さん、曲決めの時に詳しそうだったけど何かやってたんじゃないの?指揮とかできないかな……」

 そうなのだ。さっきの曲決めの時になまじ声を上げてしまうと、こうして指揮や伴奏として白羽の矢が立ってしまうのだ。後ろのガヤを無視して息を殺していて正解だった。

「……森野さんってば、聞こえてるのにわざと無視してるでしょ?ピアノ伴奏、しないの?もう弾けるんでしょ?」

「……するわけないじゃない。弾けるって言っても何年もブランクあるんだから、まだ指も思ったように動かないし。」

 誰も役割をやりたがらず文化委員の疲弊した声が響く中、山石君が小声攻撃を止めないので周りに目立たないようにこちらも小声で反撃する。

「でもこの間のきらきら星はすごかったけどな。」

「あれくらいなら、まぁ、ブランクとか関係ないけど。」

 ピアノを褒められるのも数年ぶりで、たとえ素人の山石君の言葉でも悪い気はしなかった。

「今回の合唱曲はあれよりも難しいの?」

「それは、学生向けの伴奏だし、難しいわけじゃないけど……」

「そっかそっか……」

 それから山石君は何かを考えはじめ、小声攻撃は一旦の収束を迎えた。と思ったら後ろの席から大きな声が教室全体に向かって発せられた。

「はい!」

 いきなり山石君が立ち上がり、クラスの疲弊したムードを切り裂く。文化委員はすがるような声で山石君に尋ねる。

「山石君、ピアノ弾けるの?」

「いや、僕は指揮者をやります。だから、伴奏者を指名していいですか?」

 とても嫌な予感がする。この流れは絶対良くない。山石君、私は弾きたくないってはっきり言ったよね?それは伝わってるよね?こっちに振ってこないよね!?

「もちろん!みんなもそれでいいよね?山石君は誰を指名するの?」

 こんな渡りに舟な提案を誰も反対するはずもなく、一瞬にして山石君が場の空気を支配してしまった。全員が固唾をのんで山石君が口を開くのを待っている。

「それじゃあ……森野さん!一緒に頑張ろう!」

 そりゃそうだよね。分かってたよ……一瞬頭を抱えて断るための言葉を探すも、周囲の期待というかやっと話し合いが終わることへの安堵の空気をひしひしと感じ取ってしまう。当の山石君はなんの迷いもないキラキラした笑顔をこっちに向けてるし。その顔はずるいよ。この空気の中そんな顔をされて嫌と言えるわけもなく、静かに頷いてしまっていた。

「分かりました。やります。」

 クラスメイト達の生温かい拍手に囲まれながら山石君の方を向き直って見ると、満面の笑顔で親指を立ててきた。やり切れない気持ちをぶつける場所もなく、せめてもの反撃に椅子を山石君の机に強めにぶつけてやった。

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