9 アサリーの死闘

 体を凍りつかせるような冷気の中、アサリーは一人、自分の管理事務所兼屋敷にひた走っていた。


 後ろからはイノシシがものすごい速さで迫ってくる。


 わたしの可愛いゾンビーズたちだって頑張ってる。わたしにできることといったらこれしかない。



 その時アサリーは、真っ先に壊れた壁の近くにいた。


「頑張れ! 絶対にイノシシを入れるな!」


 思い切り叫ぶ。それでも中央のゾンビがイノシシの頭突きに遭い、崩れ落ちた。一人崩れると、あとは一気に壁が崩壊した。


 そこでアサリーは見たのだった。

 イノシシの頭突きに遭ってバラバラになっていたイチタンイがすばやく体を組みなおし、メイド服を身につけたかと思うと、走っていって、自分を壊したイノシシの首根っこに飛びついたのだ。

 それを見て、全身に衝撃が走った。


 わたしにも、できることがあるではないか!


 そのままかけ出したのだった。




 気づいたイノシシたちが速度を上げてアサリーを追いかける。

 アサリーが駆けだしたのに真っ先に気づいたのは、ユイネだった。ユイネはまだ比較的新しいゾンビだった。声を出すこともできる。好んでラムちゃんのコスプレをする、レンタルゾンビの中では人気のゾンビだ。


「だっちゃあああああああああ!」


 ユイネはイノシシたちの間を縫うように走り、今にもアサリーに食らいつこうとしているイノシシの首根っこに飛びついた。


 ぶひいいっ!


 ユイネにとびつかれたイノシシがもんどりうって倒れた。続けてほかのイノシシたちも倒れてゆく。ゾンビたちの一部が、こちらに加勢してくれたのだ。


 イノシシと一緒に地面を転がりながらユイネは渾身の声を上げた。


「だあっ、ちゃあああああああああああっ!」


 アサリーは振り返り、


 ―ありがとう、ユイネ。ありがとう、みんな!


 心で強く思った。


 管理事務所兼屋敷に入ると、階段を駆け上がった。クローゼットに飛びつき、扉を全開にした。


 現れたのは、フェロモン製造機アサリー三号


 アサリーは直ちに服を脱ぐと、その電極を自分の性感帯に貼り付けた。


 どどどどど。


 イノシシたちの蹄の音が近づいてくる。


「スイッチ、オン!」


 ボタンを押す。


 ガガガガガ


「出力最大!」


 ボタンを一番右まで回す。


 ガガガガガガガ


 アサリー三号がものすごい音を立てて震えはじめた。そしてそれにつながれたアサリーも、がががががががが、と、揺れる。


 どどどどど。


 イノシシたちが上がってくる。

 アサリーはその音を間近に感じながら、不敵にも笑った。


 ―さあ。来るなら来い。


 強烈な冷気に襲われる。


 ブヒイイイイイッ


 最初のイノシシが部屋に入った。アサリ―は叫んだ。


「フェロモンスイッチ、オン!」


 アサリーの背後にバラの花が飛んだ。それはつぼみからゆっくりと開花し、そして得も言われぬ香りが彼の全身からにおいたつのだった。


 アサリーのすぐそばまで来てイノシシの動きが止まった。バタン、ゴトン、とはげしい音を立て、イノシシたちが倒れていく。その目が皆、ハート型になっていた。

 アサリーはそれを見ながらうっすら笑った。


 まさか……こんなところで役に立つとは……。


 寒さが厳しさを増してきた。


 フェロモンを最大に放出したまま気を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る