8 炎のバナナペア、見参!

「げっ、なんだよ! この大量のイノシシは!」


 大きな猫の姿になったシマニャンの上でかずりんが叫んだ。同時に、その冷たい風を受けて、ぶるっと体を震わせた。


「ちくしょう! くっそさみいぜ!」

「ほんとに。お肌が荒れちゃう」


 チアリーダーあきこがつぶやき、プロボウラーははこは、表情をこわばらせた。


「このままだったらボールの穴に指がへばりついて離れないかも」


 シマニャンの毛皮の中にボーリングボールを埋め、さらに自分がその上に覆いかぶさった。


「こんなんでへこたれてどうすんだよ」


 よどりんは美少女の姿のまま、おじさん丸出しの態度で答えた。


「あたしは、思ったよりイノシシが少ないんで拍子抜けしてるわ」

「これでも、元の数の三分の一にゃ」


 よどりんの言葉を裏付けるように、シマニャンも答えた。


「森の仲間たちが頑張ってくれたおかげにゃ」

「けどこんなのどうやって……」


 ふたたびかずりんが弱気になった、その時だ。


「おい、あれを見ろ!」


 ぶんりんもそこそこおじさん風にイノシシの大群の一点を指さした。

 メイド姿のゾンビが背中からイノシシにしがみついているのだった。


 イチタンイだ。


 イチタンイは自分を振りほどこうと体をよじるイノシシに負けまいと、必死にしがみついている。結果、それがイノシシの走る速度を遅らせている。そして、少し遅れたところで圧倒的に列が乱れていた。


 イチタンイの姿を見たほかのゾンビたちも、イノシシの首根っこにつかまっているのだった。


 彼らの頭の中にあるのはただ一つ、アサリーの言葉。


 ―どうか、全力で君たちの子孫を守ってくれ


 けれど、ゾンビたちもこの寒さには勝てない。凍り付いて次々と振り落とされて行く。


 最後まで食らいついていたのはイチタンイだった。それでもとうとう、指の最後の一本までが凍りついた時、力尽きたようにイノシシから離れた。


 そのイチタンイの姿を見て、ぶんりんが立ちあがった。


「あたしが行く」


 そう言って、たん、と、シマニャンの背中から地面に向かって飛び降りた。

 それを見たチアリーダーあきこが、すうっと息を吸い込んだ。


「がんばれ」

 ちゃちゃちゃ。

「イケイケ」

 ちゃちゃちゃ。

「勝てるぞ」

 ちゃちゃちゃ。


 ぶんりんがイノシシの大群の目前に降り立った。素早くイノシシに背を向け、両腕をまげてお尻を突き出す。


「今だ、ぶんりん!」


 チアリーダーあきこの声が響き終わると、


「ミラクル・ミラクル・ぶんりんりん!」


 ぶううううううううううっ!


 今まで一度も聞いたことのないような荘厳な音がその場に響いた。


 そして。


 ごとごとごとごと。


 ぶんりんのおなら攻撃を受けたイノシシたちが、一斉に倒れていく。そして同時にぶんりんもその場に倒れた。


 ぶんりんはすでに凍り付いていた。


「ぶんりん!」


 みんなが叫ぶと、


「ミラクル・ミラクル・かずりんりん!」


 かずりんが片手を突き出した。手のひらからわかめが網のようになって飛び出し、ぶんりんを包んだ。


 それを引き上げた。


 もうすぐでわかめ巻きぶんりんがシマニャンの背中に乗る、その時だった。


 ぱりん。


 わかめが凍り付き、ぶんりんがイノシシの上に落ちていった。


「ぶんりん!」


 シマニャンが高度を落とそうとしたその時だ。


「いやっほーーーーーい!」


 聞きなれた声がした。


 みかりんだった。ツキモリもいる。


 ふたりは全身、土とほこりにまみれて真っ黒で、髪も爆発したようなアフロ状になっていた。


 その巨大バナナは全速力で飛び、イノシシの背中に着地しそうになるわかめ巻きぶんりんを受け止めてまた上空に上がった。


 みかりんの前に座っていたツキモリが、軽くわかめ巻きぶんりんを指から出た火であぶると、ぶんりんはすぐに目を覚ました。


「あ、助かった」


 ぶんりんは笑った。


「クッソ寒かった!」

「しっかし、空の上の方があったかいとか、マジありえねー」


 みかりんが笑った。


「かずりん!」


 ツキモリがその両手をイノシシの方に突き出した。


「こいつらが気を失ってる間にちゃっちゃとどっかにやっておしまい!」

「でもわかめが凍って……」

「だからあたくしがいるんじゃないの!」


 ツキモリの放つ炎で、イノシシたちの毛皮の氷が解け始めた。


「ミラクル・ミラクル・かずりんりん!」


 かずりんが両手を突き出し、わかめの網で倒れているイノシシたちを捕えた。


「がんばれ」

 ちゃちゃちゃ。

「イケイケ」

 ちゃちゃちゃ。

「勝てるぞ」

 ちゃちゃちゃ。

「今だ、カズー!」


 チアリーダーあきこの声が響き終わると、


「おりゃあああああああっ!」


 引き揚げて、そのまま自分の手のひらにつながっていたわかめを断ち切った。目の前に放り上げ、オーバーヘッドキック。


 イノシシたちは風を切って飛んでいき、最後、きらりと光って消えた。


 それでも眼下に広がるのは大量のイノシシ。


「でもだめだ、こんなんじゃ全然……」


 かずりんがつぶやいたときだ。


「カズー! あそこ!」


 チアリーダーあきこが声を上げた。

 そこには走るアサリーと、その後ろから追いかけるイノシシたちの姿があった。


 イノシシたちにとって人間は大のごちそうだ。


 けれどもその動きが鈍い。

 ゾンビたちがしがみついている。その先頭を行くのは……黄色と黒の縞模様のビキニをつけた長髪のゾンビ。ラムちゃんのコスプレをしたユイネだった。


 シマニャンもそのエリアを見て、ニヤリと笑った。


「助太刀するにゃ」


 アサリーの管理事務所兼屋敷に向けて舵を切った。

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