2 ツキモリ、アホちゃうん

「がんばれ」

 ちゃちゃちゃ。

「イケイケ」

 ちゃちゃちゃ。

「勝てるぞ」

 ちゃちゃちゃ。

「勝つんじゃオリャアアアアアッツ!」


 赤い髪をポニーテールにしたスタイルのいい若い女が、古い家の裏庭で一人、ポンポンをふり、カスタネットを鳴らして、足を上げたりくるくる回ったりしている。

 体にピタピタのチビTに、短いスカート。生足には短いソックスにスニーカー。


 その者を家の影から見る者がいた。


「あいつか、チアリーダーあきこ」

「そうみたいね」


 一人はみかりん。もう一人は黒いケープを頭からかぶり、背中を丸めた老女……の振りをした元女王ツキモリ。


「魔法少女の中でも、一番手ごわいのが元サッカー選手、カズー。けど、あいつの弱点は極度のシスコン。姉のチアリーダーあきこをこちらに引き込んでしまえばかずりんも容易に手出しはできまい」


 ふふ、と笑う。


「ほんとにうまくいくのかなあ」

「行くに決まってるじゃないの。で、あなたはちゃんと例の場所であたくしを待つのよ」

「いいけどさあ」

「ほら、貸して」


 みかりんが持っていた黄色いバナナを奪い取った。そして、家の影からよろよろと歩き出した。


「お、お嬢さん……」


 ツキモリが杖を突きながらチアリーダーあきこの前に現れると、チアリーダーあきこはあからさまにいやそうな顔をした。


「何勝手に人ん家に入って来てんのよ」

「バナナを買ってはくれまいか……」


 しわがれた老女の声で、ツキモリは言った。


「バナナあ⁉」

「これはンダカップさんから仕入れた外国の高い高いバナナなんだが……売れなくてねえ……。これが売れないと、明日食べるものもないんだよ……」


 するとチアリーダーあきこはじろりとツキモリが持ったバナナを見た。


「食うものないなら、そのバナナ食えばいいじゃん」

「売れなかったら商品を返さなければならない……まだこの商品代も払ってないんだよ……」

「ふん」


 チアリーダーあきこは鼻で笑った。


「で、いくらで売ろうってんだよ」

「一本百ユーロ」

「はああっ⁉」


 チアリーダーあきこの美しい眉が跳ね上がった。


「誰がバナナ一本に百ユーロも出すんだよ。バカじゃねえのか」

「でも、最高級のバナナなんだよ。これを食べたら美しさに磨きがかかり、疲れが取れるんだよ……」

「ふん」


 チアリーダーあきこはもう一度笑った。そして、


「そんなもんに百ユーロもだす気なんぞさらさらないね。けど、あんたのこと、応援だけはしてあげるよ。で、名前何?」


 とっさに「ツキモリ」と答えそうになり、考える。


「……リモキツ」


 するとチアリーダーあきこはツキモリの前に立った。

 目の前にポンポンを合わせ、飛び跳ねた。


「がんばれ」

 ちゃちゃちゃ。

「リモキツ」

 ちゃちゃちゃ。

「売れ売れ」

 ちゃちゃちゃ。

「バナナ」

 ちゃちゃちゃ。


 そして美しく笑った。輝く白い歯。


「そいつはあたしがいただいたあああああああっ!」


 ポンポンを持った手で、ツキモリの腹を殴る。


「あああああああっ!」


 ツキモリはバナナを落とし、そのまま空高く飛んだ。チアリーダーあきこはその姿がキラリ、と光って見えなくなるまで見送った後、月森が落としたバナナを拾った。


「ふん。どれほどのものかは知らないけど、味見してやろうじゃないの」


 その場で皮をむいてほおばった。

 目玉をあっちに寄せたりこっちに寄せたりしながら味わっていたけれど、


「なんだよ。フツーのバナナじゃん」


 と、その場に皮を捨てて家の中に入った。



 その頃。

 森の上空ではみかりんが巨大バナナに乗って待機していた。予想通り、ツキモリが飛ばされてくると、前傾スピードで追いかけた。

 どんっ、と、ツキモリがバナナの上に着地する。


「捕まえたぜ」


 しかしツキモリの重みでバナナが高度を下げた。


「ちょっと、危ないじゃないの!」


 ツキモリは、キッ、と、みかりんをにらんだ。

 だったら少しは減量しろ、と言いそうになるのをぐっと飲みこみ、


「いいじゃねえか。受け止めてやったんだから」


 それには返事をせず、ツキモリは体を起こし、バナナの上で仁王立ちをした。

 口元に手を当て、


「これでもう、我々は魔法少女どもを恐れる必要はなくなったのだ。おーほほほほほほ。おーほほほほほ。おっほっほ」


 みかりんがとなりで、あからさまにいやな顔をした。


「もう、いい加減にそれ、やめとけよ。歳なんだから」


 それでもかまわず、そっくり返って続けた。


「あたくしに逆らうものは容赦しなくてよ! おーほほほほ。おほほほほほ」


 と、その時だった。


 ぐぎ。


 ツキモリの腰が変な音を立てた。高笑いが止まった。


「あっ……」


 そのままバナナの上に崩れ落ちる。


「どうしたんだよ」

「こ、腰が……」

「はあっ⁉」

「こ、腰……」


 ツキモリ、高笑いが高じてぎっくり腰になったのであった。

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