9 ユーディ……がんばれよ

 夜中の政務室は静まり返っていた。大きな窓の外に見える町は中央だけが漆黒の闇に包まれている。かずりんが放ったわかめの網に覆われているせいだ。けれども月明りはこの窓に差し込み、街を照らしている。明かりがそこここにともり、いつもの穏やかさを取り戻したように見える。


 ニワは明かりもつけぬまま窓の正面に立ち、両腕を前に組んで外を見つめていた。すでにストールは外している。腰のあたりまでむき出しになった背中がなまめかしい。


 薄闇の中、ユーディは思いつめたように声をかけた。


「あなたがご無事でよかった」

「ご苦労であった」


 しばしの沈黙。

 ユーディはもう一度口を開いた。


「……仕事だとおっしゃっていたではありませんか。ずっと……お待ちしていたのですよ」

「仕事だ」

「そんな服装で仕事をするあなたなど、見たことはありません」

「お前が知らぬ仕事もあるのだ」

「ンダカップ氏ですか?」


 それに対する答えはなかった。


「変な勘繰りはよせ」

「しかし、あの人は強欲で女好きだと……!」


 するとニワは低い声を立てて笑った。


「ダンディな方だ」

「あなたが心配なんです」


 思わず駆け寄り、後ろからその細い腰を抱きしめた。あっ、と、気づいて息を止める。


 なんと、これは……!


 ダイナマイトボディだった。


 その耳元に口を寄せ、


「今から……食事をしませんか?」


 と、囁いた。


「もうコックは帰ってしまったよ。また今度にしようではないか」


 ニワはするりとその腕から抜け出した。


「けれど宰相……」


 ニワはうるんだ瞳でユーディを見上げた。


「また今度、どうにかして時間を作ろう」

「しかし、アンズタケは……」

「あれは、傷みやすいのであろう? 今日は疲れた。お前も早く帰って休め」


 机の上に置いた小さなスパンコールのカバンを持って政務室を出た。そのピンヒールが廊下を蹴る音がいつまでもユーディの耳から離れなかった。


 ひどくがっかりして、自分も帰ろうとドアの方へと向かった。


 何かを踏んだ気がして足をどける。


 無残に潰れていたのはオレンジ色の柔らかな物体。


 籠に入れて渡したはずのアンズタケだった。


 こんなところに落としていてはマズい。


 潰れたそれをつまんでごみ箱に落とした時、気づいた。コーヒーテーブルに置かれた籠の中も空になっている。


 自分が渡したすべてのアンズタケが捨てられていたのだ。


 ショックだった。


 切ないため息をつく。


 自分も政務室を出る。

 昼間シマニャンから言われた言葉がまざまざと思いだされた。


―あいつはおまえごときがそう簡単に落とせるタマじゃないにゃ。


 ほんとに、その通りだ。


「バレちゃったな」


 ユーディは低く喉の奥で笑った。


 あれは、アンズタケによく似ているけれど、別のキノコ。


 ジハクタケ。


 食べたら、隠していることをすべて話してしまう作用を持つ。まだここが王室だったころ、敵に対してよく使われていたものだった。


 金持ちたちとの癒着の具合を聞き出そうと思っていたのだけれど……またにするか。


 ユーディは歪んだ笑みを口元に浮かべた。





                     「わかめ魔法少女かずりん」終わり

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