第2話

 翌日、放課後。

 机に頬杖をついてボーッとしていると、クラスメイトの友人が声をかけてきた。


「おい宗谷そうや、お前帰宅部だろ? 帰ろうぜ」

「あーごめん、今日は待ち合わせがあるんだ」

「そうか、珍しいな」


 昨日の約束どおり、俺はめあの荷物持ちをするためだけに自分の教室で待っていた。

 と、ちょうどドアが開く。現れたのは見知った顔。


「けいちゃん、いこ」

「おーう」


 俺は立ち上がり、カバンを背負う。

 一度振り返り、下校に誘ってくれた友人に「じゃあな」と手を振って歩き出——


「いやまてまて」


 肩に手をポンと置かれ、その友人に呼び止められた。


「どうした? なんか忘れ物でもしてたか?」


 友人は顔を寄せ、耳打ちしてくる。


「お、お前どういうことだあの子! まさかついに成就したのか!? それもあんなかわいい子!」

「いや、違う違う。幼馴染だよ、腐れ縁的な」

「でもあのレベルの高さだぞ!? 愛想も良さそうだし!」

「いや、まあ表面的にはそうなんだけど、なんていうか……もういまさら琴線に触れる要素がないんだよな。母親の裸見ても興奮しないのと同じだよ」

「いやいや、それとこれとは話が違くねーか? だってお前、あの子の裸見たら興奮するだろ?」

「…………」

「…………」

「…………するかも」

「するじゃねーか」

「と、とにかくな。俺は俺自身が選んだ究極の相手を見つけたいんだよ」


 昔、まだオカンと親父が離婚してなかった頃、毎晩布団の外から聞こえた怒声が俺はトラウマだったりする。

 だからああならないためにも、自分が自分を信じて選んだ相手と添い遂げたいのだ。


「……いや、宗谷がそれでいいならいいけどさ。てか、お前あちこちで告白しすぎて相当女子からのイメージ悪いんだから、あの子にも迷惑かけんなよ」

「わーってるわーってる。じゃな」

「おう、じゃあな」


 今度こそ俺は友人と別れ、めあの元へ向かう。


「何話してたの?」

「んー、猥談だよ猥談」

「テキトーにきもいこと言ってごまかさないでよ。ほんとはわたしの美貌について語り合ってたくせに!」


 語り合ってはいないが、まあ、あながち間違いでもないか……。

 めあはこういう具合に、冗談と本気の中間くらいのテンションで妙に芯を食ったことを言い出したりするので怖い。


「それじゃ、これ。よろしくね」

「はいはい」


 カバンを差し出された。重い。

 そして、俺は小さな違和感を覚えた。


「お前のカバン、ちっこいぬいぐるみとか付けてないんだな。ほら、ああいうチャラチャラしたやつ」


 俺はその辺を歩いていた女子生徒のカバンにいくつも付けてある、女子に大人気のキャラクターのストラップに視線をやって言った。


「テーマパークとか行ったときお揃いで買ったりしねえの? 女子って」

「買うよ」

「じゃあなんでカバンとかに付けないんだ?」

「う〜ん。だって、たとえばどっかに落としてなくなっちゃったらさ、思い出も一緒になくなるみたいで嫌じゃん?」

「へー、まあ、そういう考えもあるわな」


 俺はまず基本的に観光地でお土産とか買わないから、聞いといてなんだが正直あまりピンとこなかった。

 まあ、物に魂が宿るとして、めあに購入されたそのお土産からしたら、それだけ自分を大事にしてくれる買い主に当たって感謝感激ってところだろう。


「それにしても重いな。教科書でも入ってんのか? このカバン」

「教科書はみんな入れてるでしょ」

「マジ? 俺すべての教材学校のロッカーにぶち込んでるけど」

「家で勉強とかしないの?」

「しないが」

「即答……」


 そんなこんなで、適当にだべりながら下駄箱を出て、学校を後にした。




 ☆☆☆




 通学路の途中にある小さな公園に入り、一度ベンチに2つのカバンを下ろし、俺も倒れるように座り込んだ。


「お、重すぎる……」

「もやしっ子だなあ。しかたない、ここからはわたしのカバンはわたしが持ってくよ」

「そうしてくれ……」

「喉乾いたからコンビニで飲み物買ってくるけど、けいちゃんもなんかいる?」

「甘いやつ頼む」

「おっけー」


 そう言ってめあは公園を出ていった。

 俺は携帯を出して適当にネットサーフィンでもしようとブラウザを……開けなかった。もう今月分のギガは使い切ったんだった。


 手持ち無沙汰なので、なんとなく公園内をふらついてみることにした。

 夏至を迎えたばかりでまだ日は沈みきっていないものの、もう六時を回っているので、小学生はみんな帰っており、辺りはずいぶん閑散としている。


「……懐かしいな」


 昔よく遊んでいた大きなドーム状の遊具。

 登る速さを競ったり、真夏に頂上の金属製の滑り台を滑って尻が燃えそうになったり、トンネルに入って秘密基地ごっこをしたり。昔の記憶がよみがえる。


 なんとはなしに、俺は遊具のトンネルを覗き込んでみる。


「……お!?」


 トンネルの中に人がいた——のは別にそこまで驚くようなことでもないが、その人物の特異性が俺を困惑させた。


 小学校低学年ほどの小さな体躯、日本人離れした金髪碧眼。

 口にタバコのようなものを咥えながら、難しい顔をして手元のノートパソコンでカタカタと何か打ち込む姿。


「きゃ!? 誰!」


 まずい、気づかれた。

 俺は厄介事に巻き込まれる前に足早に去ろうとする。


「ちょっ——あいでッ!」


 ゴツン、と低い天井に頭をぶつける鈍い音がトンネルから反響して聞こえる。

 俺は足を止め、もう一度トンネルを覗き込んでみた。


「……あの、大丈夫?」

「いえ……全治100年ってところかしら」


 少女は涙目で頭を抑えながら言った。墓場の中でやっと完治するレベルの重症らしい。


「……えっと、驚かせて悪かった。もう遅いし、親御さんも心配するだろうから、早いとこ帰るんだよ。じゃあな!」


 俺は気まずい空間から逃げるように去った。いったいなんだったんだ、あの子。




 ☆☆☆




 ベンチに戻ると、めあがムスッとした顔で待っていた。ちょっと油売りすぎたな。


「どこいってたの、もう」

「……散歩してた」

「ふーん!」

「ごめんて」

「ほら、頼んでた甘いの。買ってきたよ!」


 めあの手には缶が握られていた。俺はそれを受け取る。


「アッツ! お、おしるこか……」

「おしるこだよ」

「夏だぞ……」

「目には目を! 暑い日には熱さを!」


 少し不機嫌そうなめあの視線を背に、俺は汗だくになりながらおしるこをすすった。

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