顔だけはかわいい幼馴染が、俺がフラれるたびにとびっきりの笑顔を見せてくる

𓀤 ▧ 𓀥

プロローグ

「よし、準備は完璧に整った。あとはコイツを捨てるだけだ」


 そうつぶやき、俺は付箋がびっしりと貼られた恋愛指南書、愛染恋之助著・『想い人を確実に落とすための10ヶ条』を男子トイレのゴミ箱に投げ捨てた。


 なぜ捨てるのかって?


 この本の第10ヶ条に「最後はあなた自身の力です。本書を捨て、想いを告げましょう。ダメだったらもう一度新品を買いましょう」と書いてあったからだ。

 たしかに、海を挟んだ向こうの国では大学受験当日に参考書を全部捨てるとかいう風習がある。だからこれは非常に理にかなっていると言えよう。

 とにかく、これで10ヶ条はだいたいコンプリートだ。


 トイレを出たところで、一度リュックを下ろしてペットボトルのジャスミン茶を取り出す。飲んだ。おいしくない。しかし俺のバイブルに「モテる男は紅茶かジャスミン茶を飲む」と書いてあったのでここは我慢だ。


 ペットボトルをしまい、深呼吸を行う。


「さて……行くか」


 俺はゆっくりと、一歩一歩確実に足を踏みしめ、佐藤さんの待つ二年四組の教室へ向かった。



 ☆☆☆



 たった一人で教室に残っている女子生徒。あれが佐藤さんだ。おしとやかな性格で、趣味は読書。家族構成は両親と姉が一人。出生体重は3580グラムの健康優良児。


 ──この一ヶ月間、佐藤さんとお近づきになるため、俺は色々なことをやってきた。


 放課後には図書委員の仕事を手伝うという大義名分で佐藤さんとの接触を試みた。

 佐藤さんからオススメの本を聞き出し、それを本屋で買ってきては彼女に見えるようにわざわざ教室のド真ん中で大々的に読んだ。

 その後、いくつものアマゾンレビューをつぎはぎして作り上げたキメラ読書感想文を佐藤さんの前で得意気に述べた。


 とにかく、色々やった。


「あ……宗谷……くん」


 佐藤さんは、ジャスミンの香りを纏いながら教室に入ってきた俺を見て、少し顔を赤らめた。


 いつもどおり本を読んでいる風だったが、今朝から読み始めたというその文庫本、ほとんどページが進んでいないのが遠目にもわかる。速読な佐藤さんならとっくに読破しているはずなのに。


 いける——俺は確信した。


「あのさ、佐藤さん……」


 俺は彼女に歩み寄る。


「……う、うん」


 相手の目を見る! 真摯に!


「——あなたのことが好きです。付き合ってください!」


 同時に、俺は勢いよくお辞儀をした。

 よし、言い切った。言い切ったぞ。


 あとはイエスの一言を待つだけ——



 ファサッ……。



 そのとき、俺の頭上から何かが舞い落ちた。

 しまった、リュックのポケット開けたままだったかもしれない。

 何が落ちたのか確認しようとするや否や——俺の頬に強い衝撃が走った。



「……最っ低」



 それだけ言い残し、佐藤さんは教室を後にした。


「へ……?」


 突然の出来事に理解が追いつかず、俺はビンタされた頬をおさえて呆然と立ち尽くす。


「……もしかして、ふられた?」


 最っ低、最っ低、最っ低……その一言が何度も脳裏を駆け巡る。


 俺は足元に落ちたそれを拾い上げる。

 アルミ包装の、小さな袋。表面には0.02mmの文字が。


「こ、これは……」


 その手軽さと性感染症を防ぐ安全性から、何世紀にも渡って全世界で愛用され続ける、キングオブ避妊具──コンドーム。


 俺はがっくりとその場に崩れ落ちた。

 いざというときのため常備しておいたのが仇となるとは……。


 こうして、俺——宗谷そうや恵生けいせいの、高校生活13度目の告白は、失敗に終わったのだった。



 ☆☆☆



 下駄箱前でひとり寂しく靴を履き替えていると、トン、と誰かの手が肩に触れた。


 振り向けば、そこには「非の打ち所がない千年に一人の美少女」が。


「人の脳内モノローグに介入すんな」

「えっへへー」


 このちょこんとした女の名前は、室戸むろとめあ。

 俺の幼馴染で、悪魔である。小悪魔系とかそういうかわいいやつではなく、ただの悪魔だ。見てのとおり顔だけは無駄に整っている。


「こんな時間にこんなところでひとりぼっちってことは〜、けいちゃん、無事にフラれちゃったってことだね〜!?」


 こんな具合に、俺が玉砕されるたびにいちいち煽りを入れてくる。悪意の塊だ。


「無事ってなんだよ……こっちはメンタルボロボロだよ……」

「なになに〜? 今度はどんな具合にフラれたのか、恋愛マスターめあちゃんに聞かせてみ?」


 まあ、ひとりで溜め込むよりはこいつにでも話したほうが少しはスッキリするか……。

 俺はこれまでのことをめあに話した。


「——ひゃーっ! 最高だね」

「わ、笑うなよ!」

「いやどう考えても笑い話でしょそれ!」

「あまりに不運な身の上話だよ! 少しは同情してくれよ!」

「あ、そうなの? じゃあ、けいちゃん……かわいそうに……」

「浅い同情はいらねえ!」

「情緒やば」


 話してたら余計に自分が不憫に思えてきた。泣きそう。


「ああ……もう俺はこのまま一生恋人なんてできないんだ……彼女いない歴百年で天寿を全うするんだ……」

「けっこう長生きする気なんだね」


 絶望し、頭を抱える俺。

 めあは変わらず明るいトーンで言う。



「じゃあ、妥協してわたしが付き合ってあげてもいいよ?」



「……いや、それはちょっとポリシーに反する。だいたい、お前だし」

「なにその理由! も〜……」


 これだけは譲れない。俺は特別一途な性格でも甲斐性があるわけでもないが、離婚した両親のことを考えると、やはり自分自身が選んだ相手以外と付き合っていくのは難しいと思う。



「…………ま、そうこなくっちゃね」



「……え? 何が倉庫だって?」

「なんでもないっ」

「……? そうか」


 悪魔は俺を屈託のない笑みで見上げる。


「けいちゃん、一緒に帰ろっか」

「ああ、思う存分俺のフラれ武勇伝を聞かせてやるよ」

「それは武勇と言うのかな……?」



 ☆☆☆あとがき☆☆☆

お読みいただきありがとうございました。こちら僕が以前(中坊の頃)書いた短編作品を加筆修正しまくって連載化したものとなります。みなさまからのブクマ・‪☆‪☆‪☆などの評価がいちばんの励みになりますので、どうかよろしくお願いします。どうか。

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