第31話 火山の迷宮主
火山迷宮の支配者——
「【水よ——】」
「……っ!?」
駄目だ。間に合わない。
「フォ——」
言い終わるより前に、フォコが俺たちの前に立ちふさがる。
ぼぉっ! ぼうっ!
ぼぉっおおおお!!!!
部屋全体に迷宮主の炎が燃え上がり、前方では、聖なる火が激しい炎と交錯している。
かろうじて視界が確保できているのは、フォコの後ろ姿だけ、あたりは炎によって何も確認できない。
「【——水よ、纏え】」
水の魔法で熱気を冷ますラクアが、他の仲間たちにも活路を提供する。
「【土ヨ、壁となレ】」
両手を前につきだし、栗色の魔力をこめて外側に動かすテラ。土の魔法によって、両脇に低い壁が出現する。
のっけから、想定外。だが、大きく崩れてはいない。後衛組は臨機応変に振る舞い、前衛組も水の鎧を得たとはいえ、無闇に飛び出したりはしていない。
「すぅ、はぁー」
息を落ち着かせ、反撃の機会を待つ。今のやりとりで、透明化が解けてしまったが作戦に支障はない。
「ラクア、テラ。何でもいい。攻撃以外でアクソロトルの意識を逸らしてくれ」
「はい!」
「りょーかイ」
短く返事をする後衛組。
「二人は……」
同時にこくりとうなずく前衛組。具体的な言葉は、必要ないようだ。
数秒後、炎と炎の衝突が——終わる。
契機は来た。ソルディとレグナが地面を蹴り、迷宮主の方向へ駆ける。
「【土ヨ、転がっテー】」
だんごむしの様なゴーレムが複数方向から現れ、ソルディとレグナとは別ルートから、迷宮主の方向へ向かっていく。
「【水よ、広がれ】」
杖の先を地面につけ、ラクアが発動した魔法は、水たまりを広げる魔法。杖の先を中心として水が充満していく。
後衛としての仕事は、とにもかくにも、迷宮主の意識をそらすこと。それが最優先。前衛組が安全に迷宮主の元へとたどり着けるように。
背中の矢筒からとりだすのは、《音波の矢》。
「ふー……っ。しっ!」
弦を引き絞り放つ。走り回り、場所を変えながら、5発。
「がぁが、がぁ!」
迷宮主は、四方八方からの突撃を警戒するようにきょろきょろと大きな頭を動かし、辺り一面に広まった水溜まりを嫌がるように、ばたばたと足を動かしている。
そして、超音波。若干だが苦しそうに唸っている。
「がぁ? がぁっ!」
野生の勘だろうか、ソルディの位置に迷宮主の太く長い尾が、素早く正確に伸びる。
「【根よ、増殖しろ!】」
必死の形相でレグナが素早く叫ぶ。ソルディの足元から、木の根がうねるように飛びだしてくる。
それにより、ソルディの位置が変わり、巨大さと灼熱を誇る尻尾の一撃を回避することができたようだ。
——そして、届いた。ソルディとレグナは、それぞれの武器の得意な間合いに陣取っている。
レグナが迷宮主の右手を避け、長剣を翻しながら、閃撃を叩きこむ。その隙にソルディが敵の後方に回り込む。
球形のゴーレムと水が混ざり、迷宮主の足元は泥で固められている。
明らかな動揺。それを見逃すソルディではない。
「——魔力添加」
金色の魔力が、ソルディの腕に吸い込まれていく。
「はぁっ!」
ソルディのハンマーが、巨大な迷宮主を粉砕する。そのはずだった。
咆哮。その大音量の雄叫びが迷宮主のものだと気づくまでに、数瞬かかった。
あまりの爆音に、体が硬直してしまっていたのだ。
迷宮主の体からは、灼熱のマグマが噴き出していた。そして、そのマグマが球体になり、迷宮主の口へと集まる。
「……っ!? ソ——」
「【土ヨ、弾けロッ!】」
迷宮主の足元を覆っていた泥が爆発する。
「ががぁ?」
痛みはないようだが、気は逸らせたようだ。ソルディは地面を強く蹴り、距離をとることに成功していた。
しかし、溶岩を身にまとった
「【水よ、浮かべ!】」
地面に広がった、水溜まりが球体になり、複数の水玉が散乱する。
だが、すべての炎は防げない。水の鎧の一部、炎が当たった部分が弾ける。
「【水よ、包め!】」
ラクアが残った水を集め、激しく燃え上がる迷宮主に向かって放つ。焼け石に水。おびただしい水蒸気は発生するが、迷宮主は動じていない。
だが、好機。この隙をついて、透明にならずに背後に回り込む。放つのは、《麻痺矢》。
「がぎゃ? ……がっ!」
状態異常が効かないことは想定通り。こちらを向いてくれれば、それでいい。
「「——魔力添加」」
ソルディとレグナの声が重なり、魔力の粒子がキラキラとうねっている。
気合いで避けたつもりだが、はじけた炎が肩に直撃して、激痛が走る。だが、目の前の光景から——この先の展開から目が離せない。
「ふっ!」
新緑の光を放つレグナの長直剣が、迷宮主の背中をまっすぐに切り裂く。
「がぎゃあっ!?」
痛みからか、体勢を崩す迷宮主。ばたりと倒れ、巨大な顔が地面にへばりつく。
「はぁあああっ! だぁあっ!!」
間髪いれずに、ソルディの大金槌が力強く振り下ろされる。
どがぁあああああ!!!!
金色の粒子をまとった破砕撃が、
薄ピンク色に戻った胴体を残し、迷宮主の頭があった場所には大きな穴が空いている。
「やったわね!」
ソルディの勝利宣言。
勝った。無事に勝利をつかめた。肩の痛みを忘れ、そう確信しかけていた。
「……これは……?」
レグナがいぶかしげにつぶやく。そして。
——迷宮主の背中が、傷跡を起点として割れる。
蝶が蛹から羽化するように、羽根を優雅にはためかせ、産まれてきたのは、マグマよりも深く赤い、人の形をしたナニカ。
「ィヤァアァアァアアアアアアア!!!!!!」
脳が理解を拒む言葉のような金切音。それは、賛歌のような、糾弾のような、悲鳴のような。
焼けたはずの肩がぶるぶると震え、額や背中から冷や汗が止めどなくあふれる。
「……なに……よ、あれ……」
ソルディのかすれ声が耳に届くと同時に、俺は必死に叫んでいた。
「テラ! 包め!」
「【土ヨ、覆エ!】」
俺の意図を瞬時に理解し、テラが詠唱する。
周辺の地面が盛り上がり、球体と変化しながら少女たちを隠す。
「……っ!? ト、トラスさん!?」
土の安全地帯が完成する直前に、俺とフォコは前方に飛び出していた。
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