第30話 決戦前夜


 溶岩竜の討伐に成功した日の夜。ここは、宿屋の一室。ほぼ毎日行われている報告会には、いつになく神妙な雰囲気が漂っていた。


「もう一体のレアモンスター……溶岩巨兵ラヴァストーンマンの方は、討伐しなくてもよろしいのですか?」


 会話の口火を切ったのは、いつも通り真面目な顔をしているラクア。


「ああ。必要ない。マグマドラゴンと戦えたら十分だ。前にも話した通り、【第四迷宮】の迷宮主“柔らかく燃えるものフィアンメ・アクソロトル”とマグマドラゴンは、行動パターンや特徴がよく似ているらしいんだ」

 

「竜型の迷宮主……火炎紅竜サラマンダーの亜種だったかな」


 レグナがつぶやいたのは、とある上級モンスターの種族名。


「そうだ。だが、実際には似ても似つかないような姿らしい。ギルドの公式記録によると、体の大部分が溶岩で構成されている大型のモンスターで……竜と言っても、見た目はウーパールーパーに近いらしい」


「ウーパールーパーっテ……あの、ゆらゆら動くやツ?」

「水の中ならな。アクソロトルは、岩壁どころか天井すら素早く這い回るらしい」

「うえぇ。ゴ○ブリみたい」


 脳内で動き回っていたウーパールーパーが黒光りする虫に変換される。かさかさという音が追加され、正直気持ち悪い。


「……とにかく。安全第一ではあるが、一発で仕留めたい」


 気を取り直し、明日のための会議に集中する。


「そうだよね。僕たちは、先日話してくれた通りに動けばいいのかな」

「そうだな。もう一度確認しとくか。基本的には、作戦通りでいい。遠距離からの攻撃——溶岩や炎系統の魔法の対処は、ラクアに任せる」

「はいっ! 精一杯頑張ります!」


 やる気に満ちた返事。素晴らしい。


「ブレス——溶岩を吐きそうになったら、テラがゴーレムで口を押さえる。ソルディが、とどめの一撃を放つときの拘束も頼む」

「あーイ」


 やる気のない返事。まあ、こいつはこれでいい。


「溶岩竜とは比べ物にならないほどの速度と膂力を持っている相手だ。レグナとソルディは距離を保ちながら、相手を出来るだけイラつかせてくれ。そしたら、必ず隙が生まれる」


「テラのゴーレムが合図よね! その後、あたしの魔力添加でどがん!」

「……ああ、そうだ。相手が、大サイリノチェロンテでもあの一撃は必ず通用する。今回の迷宮主アクソロトルは、特別頑強ってわけじゃないらしいしな」

「任せて! 粉々にしてやるわ!」


 やる気満々のソルディ。腕を回しながら、いささか興奮気味である。今日は落ち着いてぐっすり眠って欲しいのだが。


「……ふぅ。予想外の動きをしてくる可能性も十分ありえる。とにかく、ソルディとレグナは、一撃をくらわせたらすぐに離れることを徹底してくれ」


「ええ! わかったわ!」

「了解した」


 しっかりと頷きながら、素直に返事をしてくれる前衛組。


「ラクアとテラは、俺の指示に従って魔法を使ってくれ。指示はこの前の打ち合わせ通りで」

「承知しました」

「あーイ」


 こちらを見据え、真剣に……多分真剣に返事をする後衛組。


「出し惜しみは無しだ。適宜、《状態異常の矢》だったり、オーブだったりのサポートアイテムも持ち込む。状況を見て、必要だと思ったら声をかけてくれ」


 最後に、俺の役割を告げる。


「ええ!」

「了解」

「はい」

「あいサー」


 いつも通り、四者四様の返事をもらう。明日もまたいつも通りを繰り返すために、俺は——俺たちはここに帰ってこなくてはならないのだ。


 ******


 一夜明け、決戦の日。ここは、【第四迷宮】12階層。最上階である。


 迷宮主の徘徊する大部屋の前。俺たちは、全員透明化を済ましてある。


「【——花よ、香れ】」


 岩陰に潜みながら、レグナが使った魔法は、睡眠の花粉を撒き散らす花を咲かせる魔法。


「何だこれ? ……煙か……ぁ——」

「——おい、どうした……ぁ——」


 もっとも花の近くにいた門番が意識を失いかけ、ゆらゆらとふらつく。その様子を見た門番が、声をかけようとするが、同じ状態へと誘われる。


 門番が地面にたどり着く前に、手で腹の辺りを支えた俺は、そのまま上半身だけを起こして壁に立てかける。


 門番の様子を確認する。脈と呼吸の深さから、熟睡していることが伺える。


「……よし」

「うまくいったね」


 ある意味一番の難関。門番たちを眠らせること。レグナ曰く、サガナキの時も姿を隠して魔法を使ったらしい。


 そして、交代に来た夜の部の門番も、テラの創りあげた安全地帯で眠らせてある。この場所は、モンスター避けの松明がいくつか飾られてあるため、放置しておいても問題ないだろう。


 そもそも、迷宮主を恐れてか、通常モンスターは、最深部に近寄らないらしいが。


「ふぅーっ……行くか」


 無言でうなずく四姉妹。全員、覚悟は決まっている。


 目の前には、一対の楓。ご丁寧にギルドの紋章が彫刻された扉。


 中を警戒しながら、ゆっくりと、扉を開ける。アクソロトルは、空気の流れによって獲物を感知するため、透明化は通用しないのだ。


 全員が迷宮主の大部屋に入り、静かに扉を閉める。


(——どこだ……?)


 辺りをぐるっと見回す。奥にマグマの溜まり場がある以外、他の階層と変わらないように思えた。無骨な岩しかない大部屋。ぱっと見では、この部屋の主の姿を確認できない。


「……っ! 上だ!」


 レグナの声で一斉に天井を見上げる俺たち。


 ——そこに……いた。


「あがが……がっ!」


 どんっ!


 迷宮主が飛び降りた衝撃で、あたりに砂煙が舞う。


 モマクトの『母なる迷宮』——【第四迷宮】迷宮主“柔らかく燃えるものフィアンメ・アクソロトル”。


 柔らかそうな薄ピンク色をした体から、ぽたぽたとたれ流しているものは、灼熱の溶岩。


 ひらひらとなびくエラが目立つ大きな頭に深淵のような真っ黒な目。間抜けな顔をしているが、その姿や動きからは、根源的な恐怖を感じる。


 絶対的な強者。無慈悲な捕食者。


 俺たちが退治しなけらばいけないのは、凶悪な……人類の敵である。

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