番外編1 コルフの憂鬱
コルフが小貴族であるパーラント家に働きに来たのは、彼女の母親の意向だった。
パーラント家は小貴族とはいえ、このあたりでは一番のお金持ち。要するに仕送りができるだけ欲しかったのである。
母親から、貴族への嫁入りか貴族のもとに働きに行くかの二択を迫られたコルフは、後者を選択した。
美しい銀髪に緑の瞳、そしてつり目ではあるが端正な顔立ち。
コルフは自分がかなり容姿に秀でていることを知っていた。しかし、結婚はしたくない。というよりは、まともな人間とは結婚できないことを分かっていた。
コルフは
一昔前よりは随分と差別意識は薄れたそうだが、強い忌避の感情を持っている民衆は少なからず存在する。そして、コルフに流れる血の半分は魔族のものである。魔族とのハーフは、特に嫌う人間が多い。
全ての魔族が人間と敵対しているわけではない。
しかし、過去の対戦では魔族は多くの人間を殺した。恐れる人がいても無理はない。そう思っていても、露骨に避けられたり、大げさに怖がれたりすると、コルフはいつも泣きそうになっていた。16になった今、もうそんな事は慣れっこであるが。
だがしかし、一部の好事家から熱狂的なアピールを受けることには慣れない。どちらかというと、辟易している。
コルフに積極的に関わろうとする人間は少ない。そのため、周りが変人・奇人ばかりになってしまうのだ。
結婚などしなくていい、そう思ったコルフは、働く事を選んだ。
本当はギルドの受付や冒険者に憧れていたのだが、どちらにもなることはできなかった。前者は血を原因として、後者は力不足を原因とした。
『【風を纏う魔法】』
字面だけを見れば強力な魔法に感じるが、実際は足にしか効果がなく、少しだけ早く走れる程度の魔法であった。身体能力にも恵まれなかった彼女は冒険者になることを諦めた。
様々な事情が絡み合って、コルフはパーラント家へやってきた。働き始めてから一ヶ月が過ぎた頃、コルフはこんな事を思っていた。
「……もう、辞めちゃおうかな」
メイドとして採用されたのはいいが、先輩方からはいびられ、他の使用人からは好奇な目で見られた。
こんなことは、慣れっことは言え、使用人専用の寮で暮らしているため、逃げ場がないのはきつかった。
「はぁ……」
ため息をしながら、廊下の掃除をする。毎日のように掃除をしているため、正直汚れも埃もほとんどない。やりがいもない。
「だいじょーぶ?」
そんなとき、声をかけてきたのは、トラスであった。この家の長男でありながら、能力が低いために蔑ろにされている存在。
「大丈夫ですよ! 坊ちゃん」
慌てて明るく振る舞う。ため息を聞かれていたのだろうか。
「でも、げんきなさそうにみえるよ? げんきだひて」
「えっ」
トラスはそう言って、コルフの手を握る。
「えへへ、元気出た?」
「……はい」
初対面で下心なくコルフに近づいてくる人間は、ほとんどいない。そのため、純粋なトラスの笑顔が疲弊した心に染みたたのである。コルフが驚くほどにじんわりと、深くまで。
「じゃーねー」
可愛らしく手を振って去っていくトラス。コルフはお辞儀をして、トラスを見送る。
「もう少しだけ、頑張ろうかな」
コルフがトラスの専属メイドを打診され、即答で了承するのはあと一ヶ月先の話である。
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