第2章 モマクトタウン

第12話 モマクト到着

 のどかな田舎道を歩いていた。周りには畑とこの地方のみに存在する特殊な火山。


「うわぁーっ! あたし、活火山ってはじめて見たわ!」


 煙を吐く山の景色を見て、はしゃぐソルディ。


「……うーン……暑いナー……」


 テラは純粋な獣人ではない。そのため、狐耳や大きな尻尾以外は、ほとんど普通の人間と変わらないように見えるが、毛量は多いように見える。


 その分、熱がこもるのだろうか。いつもよりも、さらに気だるげに見える。


「…………」


 レグナに至っては、一言も発していない。


 それもそのはずである。パーティメンバーの中で一番の重装。


 エルフが熱に弱いという話は聞いたことがないが、【植物の魔法】を扱うレグナは、殊更、熱に弱いのかもしれない。


「大丈夫ですか? 二人とも……?」


 そんな二人を心配して、側で水蒸気を送るラクア。【水の魔法】の応用だろうか。器用なものである。


 俺たちが訪れていたのは、サガナキタウンからは、本来なら都市を二つまたがなければ訪れることの出来ない都市——モマクトタウン。


 都市の周りに広がる緑豊かな山々と、その中心にそびえ立つ活火山の姿が印象的な場所だ。火山の噴煙が、時折、空に舞い上がり、その景色は壮観であり、同時に少し神秘的でもあった。


「……むぅ、あの煙は本当に人体に影響がないのか?」


 ラクアの水蒸気のおかげで、レグナは少し元気を取り戻したように見えるが、噴煙を凝視して、不安そうにしている。


「大丈夫です! もし何かあったら回復魔法でへっちゃらですから!」


 最近、新しい回復魔法の一種、【状態異常治療リフレッシュ】を覚えたラクアは、多少ずれているような気がするが、張り切って言い切る。


「心配しなくても、大量に吸いでもしない限り、そこまで健康被害は無い……はずだ」


「そこは自信を持って言い切って欲しかったナ……」


 とうとう、馬のようなゴーレムを作り出して、歩くことを放棄したテラにつっこまれる。


 熱さで集中出来ていないのだろうか、馬の顔が、若干不恰好である。


 あたりを見回すと、町の住民は火山の活動に適応し、火山灰で肥えた土地で農業を営んでいるようだった。


 都市の中心部と少し離れているため、俺たちの歩いている道の人通りは、宿場町であるサガナキタウンと比べるとまばらである。


 しかし、街は観光名所としても知られている。


 目をこらすと、火山の付近には、多くの観光客が訪れている。火山の魅力と美しさを堪能しているのだろう。


 日常と非日常の同居するこの空間に、少しだけアンバランスさを感じてしまう風景だった。


「とりあえず、もう少しだけ進もう。宿屋や武器屋がある場所は、まだ先らしいからな」


 先日、宿屋のおばちゃんにもらったクーポン付きの地図を見ながら、俺は姉妹たちに喋りかける。


「観光しないの!? 火山なんて滅多に見られないわよ!」


 やけに元気なソルディが騒ぎだす。


「ウチはパス……」

「すまない、僕もだ……」


 暑さに弱い組のテラとレグナは、ぐったりしながら返事をする。


「……ラクア、お前は?」

「うーん……私も正直、火山には興味が……」


 少しだけ驚く。ラクアは姉妹に気を使うと思っていたが、意外にもはっきりと断れるのだなと。


「じゃあ、テラとレグナを頼む。宿屋で休むか、もしも、どこかに行くなら宿屋の女将に伝言を残しといてくれ」

「承知しました」


 ペコリとうなずくラクア。まるで、どこかのご令嬢のようである。


「さて、行くか」

「えー! トラスと二人きり!?」

「フォコもいるぞ」


 パーカーの腹ポケットから顔を出すフォコ。今のサイズはチワワくらいだ。


「聖犬様もいるなら……まあ……」


 ぷくっと頬をふくらましていたソルディが、しぶしぶ了承する。


 ******


 ラクアたちと一旦別れて、俺とソルディは、火山道を歩いていた。


 柵で分断されていはいるが、近くに見える黒い溶岩の地面が熱を帯びているのを感じる。


 足元の岩は不規則で凸凹しており、歩くたびに不安定な地面でのバランスを取る必要がある。足元には時折、小さな溶岩穴や亀裂が広がっており、そこから熱気が立ち昇っていた。


「わぁ! すごいわ! 見てあれ! マグマよね!?」


 無邪気にはしゃぐソルディ。こうしてみると、幼い少女のようで可愛らしい。


「落ちるなよ」

「落ちないわよ!」


 俺のからかいの言葉にも、楽しそうに返事をするソルディ。


 山頂を目指して、歩いていく。そんな少女を俺はゆっくりと追いかけていく。


 周囲には灼熱の空気と硫黄の匂いが漂い、遠くの空は灰色や茶色に濁っている。


 火山の活動による轟音が聞こえ、遠くで溶岩が噴出している光景が見えることもある。足を踏み出すたびに、火山の不気味な力強さと美しさに圧倒され、恐怖心と冒険心をかき立てられる。


「うーん、気持ちいいねぇ。トラス」

「俺はちょっと煙い」

「そうなの?」

「ああ」


 ポケットの中のフォコは、気分が良さそうである。炎を扱うからだろうか、毛並みのツヤも普段より良いように見えてくる。


「どうした?」


 ソルディが何もないところで立ち止まっている。頬が少しだけ紅潮しているようだ。


「……お礼、ちゃんと言ってなかったと思って……その、ありがとうございました。あたしたちを助けてくれて」


 ソルディはもじもじしながらお礼を言う。


 今日は驚かされることが多い。ソルディは俺の想定より遥かにちゃんとしているようだ。


「……どういたしまして」


 俺とソルディ、二人のあいだに何とも言えない微妙な空気が流れる。


「それだけ! じゃあこれからもよろしくね!」


 はにかみながら白い歯を見せるソルディ。この先、成長していけば、魅力的な女性になるだろう少女。


 俺はしばらくの間、少女と火山のおりなす熱情的な光景を、ぼーっと眺めていたのだった。

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