第1章 サガナキタウン

第1話 小さな聖女と出会った

 そこはガヤガヤとうるさい酒場だった。たくさんの酔っ払いたちが、お天道様の明るい昼間から騒いでいる。


 そんな大人の居場所で、この場所には似つかわしくない幼女……ぎりぎり少女と言えるかもしれない存在が騒ぎ立てていた。


「だからぁ! 冒険者を探してるの! 大きい犬を連れてるらしいから、すぐ分かるはずなのに! 何で誰も知らないのよ!」


 金色の髪を左右に結った少女は、かん高い声を酒場に響かせていた。


「知らねえよ! そんなやつ! ガキはさっさとママの所に帰りな!」


 柄の悪いモヒカンの男が少女を威嚇する。


「……っ! もういいわよっ!」


 強がってはいたが、少女は明らかに震えていた。


「探偵ごっこはやめてうちに帰りな。ぎゃはは」


 早足で去っていく少女に、他のチンピラたちも下卑た言葉をぶつける。少女が完全に出ていってから、モヒカンの男が俺に話しかけてきた。


「おい、トラス! あれ知り合いか?」

「なわけないだろ。顔も知らないんだから」

「それもそうか」


 モヒカンの男はあっさりと納得したようだ。


「……ちょっと不気味ではあるかな」


 見た目からギルドの捜査員には見えなかった。他の冒険者に恨みを買うようなヘマもしていないはずなんだが。一応見つからないように注意しておくか。


「トラスのおっかけじゃねえか?」

「ぎゃはは! 人気者になったなあ!」


「ガキにモテても嬉しくねえよ……。ふぅ、さてと……」


 昼休憩は終わった。喉の渇きも腹の飢えも満たされている。軽く背伸びをしてから立ち上がる。


「おい、トラス! 今日も潜るんなら、角ウサギの角か手長さそりの針を頼むぜ!」

「こっちも何かてきとうに……。そうだな、一つ目フクロウの羽がいいや!」


 モヒカンもチンピラもこんな見た目をしておきながら、冒険者ではない。武器屋と防具屋だ。だから、いつもモンスターの素材を欲しがってくる。


「……覚えてたらな」


 潜伏もかねて、今日もダンジョンに潜りに行く。あと一週間は偵察に使いたい。


「もう行くの~?」


 足元のフォコはまだ眠そうだ。


「ああ、とりあえず今日は、最下層まで見学しにいこう」

「了解~」


 フォコはそう言って、起きあがってあくびをした。


「厄介なことに巻き込まれなければいいんだが」


 先ほどの少女の様子を思い出し、ぼそっとつぶやく。


「トラスの良くない勘はあたるからねー、賭け事とかは弱いけど」

「うるせえ、まあとにかく気をつけていこう」


 そんなやりとりを終えたあと、俺とフォコは酒場を出ていったのだった。


 ******


「だから、大きな犬を連れた冒険者を知らない?」

「知らないねえ」


 酒場を出ると、野菜売りのおばあさんが絡まれていた。絡んでいるのは、先ほどの少女だった。


(少しだけ様子を見るか……)


 俺たちは酒場の看板の陰に隠れて、少女を観察する。


 金髪、ツインテール。透き通った碧の瞳を携えた三白眼。肌はやや濃いめの小麦色。好事家ならば喜びそうな美少女だ。


(……ドワーフ、それもハーフか……)


 少女の見た目と服装から、彼女がドワーフの半亜人ハーフ・デミであることがわかる。ドワーフが好む厚手のチュニックと半ズボン。そして、銀色の胸当てに刻まれた世界樹の紋章。亜人デミヒューマン用の装備を専門に扱う【ナサンタ・ファミリー】のものだ。


(これ以上ここにとどまって、絡まれたりでもしたら面倒だな……)


 そう思った俺は、酒場の入り口付近から立ち去り、大通りに向かおうとした。だが、少女の言葉の続きを聞いて体が勝手に反応する。


「もう! 誰も知らないの!? 使う魔法は【透め——」


 全力で走り、少女の言葉を遮るという目的のために口をふさぐ。


「もがっ、もがが! もが!」


 何か言いたいようだが、そのまま路地裏へと連れて行く。人目のつきにくい場所まで移動してから、俺は少女の口から手を離した。


「へっ、変態! 何するのよ!」


 こんな所まで無理やり運んできたのだ。甘んじて罵声は浴びよう。だがしかし、聞かなければならないことがある。


「お前の探している冒険者っていうのは多分、俺だ」


 そう言って、俺は魔法を解除する。


 何もない空間——俺以外にはそう見える空間からフォコが現れる。


「いいのかい? トラス」

「ぺらぺらと魔法のことを喋られるよりはマシだろ」


「せ……、聖犬さま」


 完全に面食らっていたであろう少女が口を開く。


「あ、あんたが聖犬の……。想像してたより、だいぶ地味ね」


 何だか悪口を言われているような気もするが、スルーして尋ねる。


「なぜ俺を探している? そして、なぜ俺の魔法を知っている? 悪いが返答次第では——」


「お告げがあったのよ!」


 俺は精一杯睨みをきかせたつもりだったが、少女は怯むどころか上機嫌であるように見えた。その調子で少女は話し続ける。


「ダンジョンのぬしを全て倒すためには、聖犬の勇者の協力を得るのが一番良いってね!」


「よく分からんが、【占いの魔法】のようなものか?」

「違うわよ! 魔法よりもっとすごい、神のお告げよ!」


 少女の本気の目を見て、後悔する。関わっちゃいけない、そんな類のやばいやつだったか。


「とにかく! あたしたちとパーティーを組みなさい! 勇者!」


 宗教勧誘は間にあっています、と言いたい。しかし、少女の言葉に無視できない内容が含まれていた。


「……あたしたちってことは、まだいるのか? 俺の魔法を知っている奴が!?」

「ええ、もちろん! あたしたち、四姉妹だもの!」


 少女は堂々と胸を張って答える。最悪だ。


「……案内してくれ。お前の姉妹のもとへ。できるだけ早急に……!」

「ええ、いいわよ! 元から合流するつもりだったし」


 少女はそう言ったかと思うと、目をつむって呪文の詠唱をおこないだした。


「【金属よ、震えろ】」


 金色の光が少女を包み、不規則にまたたく。まるでたくさんの蛍が飛んでいるかのようだ。


(——【金属の魔法】……。それも、……。人に簡単にばらしていいのか?)


「これで、皆この場所に来るはずよ!」


 ともかく、口止めさえできればなんでもいい。ニコニコしている少女を見ながら、俺は口を滑らしている奴がいないことを願っていたのだった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る