ダンジョンはめちゃくちゃ儲かるらしいけれど無視してぶっ壊します~聖女四姉妹と聖犬と透明勇者の迷宮破壊譚~
白水47
第0章 オクフカタウン
第0話—① 変えようのない過去
『【透明にする魔法】』。
下級貴族であるパーランテ家に生まれたぼく——トラスは、魔法でさえも落ちこぼれであった。
派手な攻撃魔法や便利な治癒魔法が好まれる世界で、小石程度しか透明にすることのできない。そんな魔法は役立たずと言えるだろう。実際にぼくもそう思っていた。
それだけではない。体力、知力、魔力。ぼくはその全てにおいて、弟に劣っていたのだ。
それに加えて、弟の魔法は優秀な回復魔法。そのため、両親からはさげすまれ、見放されていた。
「トラスはそんな簡単なこともできないのか……」
「お兄ちゃんはダメな子ね……」
これが両親からぼくに向けられるセリフ。
「アルコはこんな難しいこともできるのか!」
「アルコちゃんは良い子ね〜」
これが両親から弟であるアルコに送られるセリフ。
今になって考えれば、6才の子供に向けるセリフではない気がするけれど。
両親の期待を一身に背負って育ってきた弟は、めきめきとその才能を伸ばしていき、パーランテ家の歴史の中で史上最高の天才とまで目されるようになっていた。
だからといって、両親を恨んだり、弟をねたむことはなかった。
なぜならば、ぼくは戦闘訓練も、良い学校に入学するための勉強も、礼儀作法の習得も嫌いだったから。期待されていないからこそ、自由に遊ぶことを許されていた。
ほとんどの使用人は、ぼくを腫れ物のように扱っていたが、メイドの一人であるコルフだけは、ぼくに優しかった。
専属メイドだから、という理由もあるだろうが、ぼくの話を笑顔で聞いてくれる。近くの森で遊んでばかりのぼくを、いつも側で見守ってくれていた。
「コルフは何でぼくと一緒にいてくれるの?」
「坊ちゃんが大事だからですよ」
優しい表情でぼくにほほ笑みかけてくれるコルフが大好きだった。コルフと一緒に暮らしているだけで幸せだった。
そんな代わり映えしない日々。だけど、穏やかな日々に変化が訪れた。
いつものように近所の森へ向かう。森の中にある広場のようなところで遊んでいると、わんちゃんを見つけたのだ。真っ白な犬。
「サモエドによく似ていますね」
コルフが犬種を教えてくれた。少々大きすぎることを除けば、とても愛らしい生き物だった。
落ちている枝を投げると、とってきてくれる。そんな風にたくさん遊んでいると、疲れてしまった。
夕日があたりを照らしている。もうそろそろ帰らなきゃいけない。わんちゃんに別れを告げ、その場を去ろうとする。
「またね、わんちゃん」
「わん!」
なぜだか、嬉しそうな様子でついてくるわんちゃん。
森の入り口まで歩いてきたが、まだついてきている。
どうしたものか。家族にばれずに飼うのは、不可能な大きさである。ぼくが透明にできるサイズでもない。
ダメ元で「明日また来るから」と伝えると、「キャン」と頼りない返事を返してくれた。
言葉が分かるのだろうか。大きなわんちゃんは、森の中へ帰って行った。
次の日。森に向かうと、わんちゃんは律儀に出会った場所で座っていた。
「わん!」
ブンブンと尻尾を振りながら、わんちゃんが抱きついてきた。もふもふだ。それにこんなうっそうとした森なのに、おひさまのような匂いがした。
「今日も遊ぼうか!」
ぼくは枝を持って、そう言った。
「わおーん!」
わんちゃんはとても嬉しそうに返事をしてくれた。
この日から、ぼくの大切な存在が一人と一匹になった。
毎日のように遊んでいて、気づいたことがある。これだけ激しく遊んでいるのに、わんちゃんは汚れがひとつも付いてないし、いつも良い匂いである。
「おそらくですけど、この子は聖獣なのでしょうね……」
「聖獣?」
ぼくがわんちゃんを撫でていると、コルフがそうつぶやいたのだ。
「聖なる力をもった動物のことです。魔物のような邪な生物、その対極の存在ですね。常に聖なる力に守られているから、清潔なんだと思いますよ」
「ふーん……」
コルフの言っていることは、難しくて半分も分からなかった。けれど、一つだけ確かになったことがある。
「この子は、良い子だってことだよね!」
「ふふっ。そうですね。とっても良い生き物だと思いますよ」
「良かった!」
「わん!」
「わんちゃんも嬉しいんだね!」
「わおん!」
「ふふっ、そうだ。名前をつけてあげたらいかがですか?」
「名前!? ぼくが!?」
「はい、坊っちゃまが。これからもご一緒に遊ぶなら、名前があったほうが良いでしょう?」
ぼくはコルフの提案に驚く。そんな経験はいままでしたことがなかったから。
「う〜ん」
「わお〜ん?」
悩むぼくにわんちゃんが心配そうに鳴く。困っているような表情をしていたのだろうか。
そんな時、ふと目線がわんちゃんの尻尾に向かう。尻尾の毛先だけ、すごく赤いのだ。
「フォコにしよう! フォコ!」
「わぉん?」
「あら、いいですね。火の精霊と同じ名前ですか」
「うん! この前の絵本と同じ色をしてるから!」
そう言ってぼくはフォコの尻尾を指差す。
「そうですね。綺麗な赤……」
コルフがしみじみとつぶやく。淡く光る緑色の瞳と、風に揺れる銀色の髪がやけに美しく思ったのを覚えている。
「……ぼくの髪も銀色だったら良かったのに」
「あら、私は坊ちゃんの黒い髪、好きですよ。ツヤがあって、力強さも感じられて。それに瞳の黒ととてもよく似合っていますから」
「本当に?」
「ええ、私は坊ちゃんに嘘をつきませんよ」
「えへへ……」
なんだか照れてしまう。両親と髪の色は同じだが、瞳の色は違うから。こんな風に褒められたのは、はじめての経験だった。
「わぅーん?」
「フォコの白と赤もすっごくかっこいいよ!」
「わん!」
フォコは? と聞かれているような気がしたので、ぼくはその純白の毛色を褒めた。
返事はすごく嬉しそうだった。フォコの——赤色がきれいな目立つ尻尾の、ブンブンするスピードが上がっていたから。
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