二 親友の霊(2)

 また、学校以外で外出した時にも……。


「──なかなか立ち直れないけどさ、今日くらいは全部忘れて楽しもうよ」


 その土曜、わたしは有輝とともに近くのテーマパークを訪れていた。


 成美の死を引きずり、その上、彼女の霊に囚われたわたしの気晴らしにと誘ってくれたのである。


 あれ以来、有輝はずっとわたしのことを励ましてくれている……自分だってそうとうショックだったはずなのに……今まではただの男友達だと思っていたけれど、そんな心優しい彼にわたしは次第に惹かれ始めていた。


 そんな有輝と二人でのテーマパーク……ティーカップで回ったり、絶叫マシーンで思いっきり騒いだり、フードコートでお昼をおしゃべりしながら食べたり……まるでデートのようなその一日はすごくすごく楽しく、一瞬ではあるが、ほんとに成美の死を忘れられている自分がそこにはいた。


 だが、そんなわたしを成美は許してくれないらしい……。


「今度は観覧車に乗ろうか?」


「うん……」


 有輝に促され、このテーマパークのシンボルともいうべき巨大観覧車に乗ったわたしは、彼と二人、小さなゴンドラの中で、一時的にも親友の死を忘れてその眺望を堪能していたのであるが……。


「すごいね。初めて乗ったけど、こんなにいい景色だったんだ……」


「うん。まさに絶景だ……ね……」


 遠くどこまでも一望できるその景色に感嘆の声を有輝が漏らすと、わたしもそう答えて対面の彼の方を何気に見たのだったが。


「ひっ……」


 有輝のとなりの席に、いつの間にか成美が座っていたのだ。


 いつもの蒼醒めた顔で、なんとも淋しそうにわたしのことを見つめている……。


「いやあ、こんなにいい景色なら、もっと早くに来とけばよかったなあ」


 だが、完全に密着するような位置にいるというのに、有輝はまったく、そこにいる成美の存在に気づいてはいない……やはり、わたしにしか見えないのだ。


 今にも触れそうな近距離で顔を合わせ、まるで蛇に睨まれた蛙のように固まってしまうわたし……その憂いを帯びた眼差しに、わたしはふと、あることに気づいた。


 そういえば、成美が姿を現すのは決まってわたしが有輝と話している時だ……思い返してみれば、ただの友達だと思っていたわたしとは違って、成美はずっと、彼に淡い恋心を抱いていたのかもしれない……三人で遊んでいた時のことを思い出すと、その行動にはそう思える節があるのだ。


 この淋しげに見えていた眼差しも、本当はそうではなく〝恨めしさ〟に満ちたものだったのかもしれない……親友の死を忘れ、自分が想いを寄せていた彼と仲良くするわたしが許せないのだ。


 有輝には見えず、わたしの前にだけ姿を現すのも、自分はまだ生を謳歌し、いい思いをしているわたしに対する抗議なのだろう……本来ならここにだって三人で…ううん。成美が有輝と二人で来たかったに違いない。


 その後、ゴンドラが一周して地上に戻るまで、成美はずっとわたしの目の前で、有輝のとなりにずっと座り続けていた……。


「──観覧車って刺激少ないからあんましだと思ってたけど、意外やなかなか楽しめるもんだね」


「うん……ごめん。ちょっと気分が優れないたから、わたし、そろそろ帰るね……」


 ゴンドラが一番下の位置へ戻り、成美もまたいつものように消え去ってしまうと、満足げに降りる有輝の反面、わたしは打ち沈んだ顔で伏せ目がちにそう申し出る。


「…え? 急にどうしたの? 夜にはパレードもあるしさ。せっかくだし、具合が悪いんならちょっと医務室で休ませてもらって…」


「ううん。今日はもう帰るよ……パレード見たかったら有輝だけで楽しんで。それじゃ、また学校で……」


 わたしの態度の急変に、困惑した顔で留まらせようとする有輝だったが、わたしは首を横に振ると早くも踵を返してゲートの方へ向かおうとする。


「待って! それなら僕も帰るよ……ごめん。朋花を元気付けようと思ったんだけど、無理矢理遊びに誘ったの良くなかったかな?」


 すると、有輝はわたしの手を掴んで呼び止め、申し訳なさそうな面持ちで謝ってくれる。


 そうじゃない……悪いのは有輝じゃなく、成美のことを忘れていたわたしが全部悪いというのに……。


「ううん。そうじゃないんだ……誘ってくれてとっても嬉しかったけど……でも、わたしだけ楽しむのは、やっぱり成美に悪いっていうか……」


「……そっか……ま、成美なら、二人で楽しんで来なよって言ってくれると思うんだけどね……でも、無理することはない。そうだね。今日は帰ろっか……」


 それでも頑なに拒もうとするわたしを見て、有輝も何かを察したのか、彼もわたしのとなりに立つと、出口のゲートへと一緒に歩き出した──。

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