ドラゴン、ウィズ、スレイヤー ー貧乏パーティは今日もトラブルに巻き込まれるー

十式 カラ

プロローグ

 真夜中の広大な城を、白い少女が必死で駆け抜ける。

 人気のない長大な廊下を何かから逃げるように、ナイトウェアのみの裸足で、乱れた髪をなびかせ、しかし胸に赤い宝石のネックレスを抱き、寝静まった深夜の城内をひた走る。

 薄着ながら高貴な身分とわかる彼女の、その表情は深い恐怖に染まっていた。

「ハァ……ハァッ……ハァッ……」

 大理石の廊下は、燭台に照らされながらひどく冷たい。

 いつもなら耐えられる寒さが氷のように凍みて、白い少女は今にも泣きじゃくりそうだ。

 それでも走る。走らなければならない。

 闇夜の恐怖を忘れるように、夢のまどろみを彼方に払うように。

 誰もいない王城ステアルージュの廊下を、必死に駆けていく。

 誰に助けを求めればいいのか、どこに行けばいいのか、わからないままの漠然とした心で。

 ただ、ここにいてはダメだと、足を延ばし続けた。

「ハァ……ハァッ……ハァッ……ッハァハァッッ……!」

 もし、これが夢ならどんなにいいだろう。

 この壊れそうなほど辛い気持ちを、明日には笑い話にできる。

 寝室で見てしまったものすべてを、嘘にできるのに……。

 走る勢いのまま、広間に続く大階段を降りる。

 こんな時に、ふと思い出す。天井にある小さなシャンデリア。あれを掴むことができれば、何者かになれるような気がしていた。

 踊り場を抜けようとした時――トンと小さな音が聞こえて、足が止まる。

 そっと視線を下げる。シルクのネグリジェが赤く、お腹にナイフが沈んでいた。

「あっ…………」

 白い少女は、力なく絨毯の上に崩れた。

「ふっ――ハ、アァッ………………」

 苦悶の声が喉から漏れる。踊り場は暗く静穏、さながら体の変化は劇的だった。

 痛みと苦しみが、内側を塗り潰していく。体が痺れてうまく動かない。

 内臓に達したと思われる凶刃。命が、隙間から止めどなく零れていく。

 ――それなのに、やがて少女の胸に宿ったのは安堵だった。

 誰に刺されたのかわからないまま、なぜ殺されるのかも知らないまま、結局どこに行きたかったのかも思い出せないままに。

 。それだけの事実に癒されながら。

 白の王女は血だまりで一人、濡れた宝石を目に映し、静かな眠りに就いた。

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