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馬車で、繁華街を抜けて、ビジネス街らしき所を抜けると、どうやら、公共の施設が固まっているエリアに到着した様子だ。なかなか洗練されている建物に、ミシェルはこの国の文化レベルの高さを感じた。
「あそこの丘の上に見えるのが、王宮だ」
美しい建物の並ぶ間で、最も煌びやかな宮殿は、やはりというか、この国の王の住まいだという。
美しいものに目がないミシェルは、息をのむ。
カロンもミシェルが興味を持ったのがうれしかったのか、いろいろ指さして教えてくれようとする。
「こっちは王立博物館、あっちは歌劇場だよ。あの大きい噴水の裏にあるのが、僕の通っていたギムナジウムだ。少し暮らしが落ち着いたら、色々見に行こう。植物園なら、きっとミシェルも楽しいと思うよ」
この国の言葉はなんだか会話するには問題ないのだが、なにせ読めないのだ。
見た感じはギリシャ文字に一番近いように見えるが、ロシアの文字にも見えない事はない。勉強しなくては、とは思うが、なにせミシェルは勉強は好きではない。
地元の田舎の国立よりも、偏差値の高い大学に入らないと一生田舎に住まないといけないという恐怖が、大学受験を死に物狂いで頑張らせたモチベーションだ。もう一生分の勉強をしたはず。
まあ、そんな感じでまだ文字の勉強がはかどっていないのだ。確かに植物園なら文字が読めなくても楽しそうだ。
「カロン、ありがとう。カロンが一緒に行ってくれるのだったら、どこでも楽しそうね!」
にっこりミシェルが笑うと、カロンが顔を赤くして、うつむいて、まあかわいいったらありゃしない。
「ミシェル、カロンをからかうのはその辺にして、ほら、そろそろ神殿だ」
「うわ・・綺麗・・」
思わず息をのむ。
ダンテが指差した方向をみてみると、そこには、非常に大きな公園のような広場の、その遠くに、輝くガラスの球体で覆われた、白亜の大きな建物が広がっているのが、見えた。
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神殿前のだだっぴろい広場は、手入れされた庭園になっている様子。
神殿の参詣帰りだろうか、多くの家族連れや、老夫婦などが思い思いに芝生の上で、ピクニックしている様子だ。
人工の池にボートなど浮かべて、実に優雅だ。
「神殿の敷地は、公共に開放されているんだ。観光名所にもなっているので、新年の祭りのときは、もっと大勢の参詣客で埋め尽くされる」
「夏のお祭りの、花火の時期も人は多いですよね」
「ああ、人は多いが食べ物の屋台が沢山出るので、食意地の張ったミシェルには楽しいだろうな」
ちょっとディスられている気もするが、実際お祭りの屋台の食べ物なんて、最高に楽しそうなので、ミシェルもダンテの煽りに反論しない。
「それって楽しそうね!」
機嫌よくそう返事を返した。
そうこうしている内に、馬車は庭園を抜けて、ガラスのドームに覆われた、ピクニックの人々が見えないエリアに入ってゆく。ここからが、神殿になるらしい。人々でにぎわっている。
庭園の入り口からここまで、相当な距離だったが、その間ミシェルが目にした庭園は、非常に手入れが行き届いていた。これだけの庭園をこのレベルまで管理するには、相当な人件費がかかっているはずだ。
「ここだ」
馬車がとまった。
目の前には、長い白亜の、傾斜のゆるい石階段がつづいていて、この先が、神殿らしい。
ダンテが、ミシェルの手を取って、馬車からおろしてくれた。
長い階段をのぼっていくと、その先は多くの参拝客でにぎわう祈祷殿で、その裏側が、聖女の居住地域となり、一般人は立ち入り禁止だとか。多くの赤い司祭服に身を包んだ、それはお堅そうなおじさま達がミシェルのそばを通ってゆく。その司祭服をきたおじさま達に、人々は一礼をしたり、手をあわせたり、おじさま方、どうやら大変な尊敬を受けている様子だ。
(あの赤いコート、取り上げられて正解だったの・・かも)
ミシェルがボーナスをはたいて買ったあの赤い司祭服と間違えられたコートを、ダンテに反抗して着て町を歩いてたら、えらい目にあったのだろうな、といまさら異世界がちょっと怖くなる。
ダンテとカロンは、参拝の長い列など目もくれずに、すたすたと裏口をとおってゆく。
周りが珍しくてきょろきょろしているミシェルとは違って、二人ともこの場所になれている様子。
そして、3人は、大きな立て看板がある、騎士に守られた、立ち入り禁止エリアの大きな扉の前に到着した。
「ここは立ち入り禁止よね?向こうの参拝客の所に並ばなくていいの?」
ダンテは、あきれたようにミシェルを見ると、
「俺をだれだと思っている」
そう言って、騎士に「ご苦労」とだけ声をかけると、騎士はダンテに敬礼し、そしてカロンには、なんと膝を折って挨拶して、そして扉を開けるではないか。
「え、奉納って、あっちよね?」
ミシェルは、いいからついてこい、とばかりにのしのし歩くダンテの後ろに小走りについていく。
扉の向こうは、白い巫女服を着た美しく、若い女性ばかりが働いている様子。
みな、ダンテに丁寧に挨拶をして、カロンに膝を折る。
ダンテはもちろん、カロンは当然のごとく、手をふったり、うなずいたりして、堂々と労をねぎらっているではないか。
ミシェルの笑顔にはにかんで、顔を赤くしていたかわいい坊やはどこにもいない。
混乱しているミシェルに、ダンテが声をかけた。
「大丈夫だ。ここはカロンの家だ」
「え?」
「カロンは、ここの家の子供だ」
「はああ??」
ダンテは、やれやれとため息をつくと、
「カロンの母は、聖女様だ」
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