さざめきは、年を重ねた女の形をしていた。

ミシェルの方を向くと、非常に不安そうな顔をして、何かを言いたげに、そしてミシェルに光をはなった。


ミシェルが見えたのは、映像。

オリーブ色の肌の、男盛りのいい男だ。強い意志のある、未来を見据えた男の顔。楽器を手にして、そしてその美しい肉体美を惜しげもなく披露して、何か民族の踊りだろうか、高く跳躍する踊りをおどっていた。


(これが彼氏か。へえ、アーティストっぽくてカッコいいじゃない)


目の前の女は、どちらかというと小学校の先生の様な雰囲気で、野生味系のイケメンとは何か、釣り合わないように思えた。ミシェルは話し掛ける。


「へえ、彼氏は、ずいぶん若くていい男なのね。楽器も踊りもできる上に、こんなワイルドな美貌じゃモテルでしょう」


オーザははっと、驚いたように、でもミシェルが占い師だったと思い出したらしく、誇らしげに言った。


「ええ!そうなのよ。私より10歳も若いの。もう彼とはね、15年も一緒にいるのよ。彼はクオティデンの踊りの名手で、この廃れていた伝統舞踊をもっと王都で広めて、たくさん教室を作るのが、彼の夢なの」


「15年!あなた、一体いくつなの?」


クオティディンが何かは知らんが、どうやら伝統芸能なのだろう。そんな事より、若く見えるが、15年もこの女、10歳も年下の男と付き合っているというではないか。


若い女の一年は、1億円に相当する、といったのは、ミシェルの大学の先輩だ。


だから若い女には価値がある。年をとっても価値のある女は、その若さに値するほどの価値を身に着けた女だけだ。並の女じゃそうはいかない。だから若くて価値のあるうちに、さっさと高値で買ってくれる男をさがすのよ。


そう言ってはばからなかった先輩の母親は、シングルマザーで、ラウンジ経営しながら苦労して先輩を育ててくれたという。

先輩は、大学のミスコンでとりあえず3位に入賞を果たして、大学卒業後すぐに、見合いで医者と結婚した。

自分の女としての価値のピークで、一番高値で買ってもらった、と本人は言っていたが。


「私?45歳よ!彼の夢をずっとささえてきたら、もう15年もたっちゃったわ」


オーザは、うふ、とあっけらかんと、そう笑った。

最初に彼に会った時、彼はどうしても君の魅力に抗えないって!年齢の事があったらか最初断ってたんだけけどね、押し通されちゃったのよねー、と女は頬をそめた。

彼の前につきあってた男の人が、とても固い人だったから、この人の自由な所と、やさしい所がとても新鮮だったの、と。


ミシェルは、先輩の言葉を思い出して、ふらふらしてきた。

女の30歳から15年間も、女の人生の一番大事な時期に、この男をただただ支えてきた。そういうではないか。


(ちょっとまて。支えてきたって、)ミシェルは動揺する。


「ねえ、支えてきたって・・ぐ・・具体的にはどうやって支えてきたの?」


女は可愛らしく微笑むと、


「そうねえ、ほら、廃れていた伝統舞踊で生きていくのって、経済的にも色々大変だし、彼は家賃が払えなくて、私の所にころがりこんできたのがはじまりなの。それに彼は本当に家事のできない人だから、私が家事とかみんなしてたの」


(これは・・)


ミシェルは嫌な予感がする。


「・・お金と家事の両方で支えてきたっていう事?大変よ・・ね」


「でもね、彼の夢を支えるのが私の夢だったから、大変ではなかったわ!むしろ、一緒に夢に向かって歩いていけた気がするの!」


女は嬉しそうだ。


「それで、やっとこの秋に、王の前で披露する事が叶うの。クオティディン踊りが、秋の収穫祭のお祭りで、王の前で披露されるのよ!」


女の声と同時にミシェルの頭の中に、映像が滑り込む。

この男盛りの男に横には、同じような衣装を着た、意志の強い顔をした、若い美しい女だ。二人は手を繋いで、見つめ合って、そして光の方向に歩いて行っていた。


ミシェルは察してはいけない事を察して、固まった。


そっと、おずおずと、話題をかえてみた。


「ねえ、天職って言ってたわね。お仕事は何をしてるの?」


「倉庫の整理なの。私、人と関わるのが苦手だし、彼の公演があるときは、お仕事いつでもお休みしたいじゃない、普通の仕事ではそうはいかないのよね。彼と出会う前は会計の仕事をしてて、随分いいお給料でお仕事してたのだけどね。でも、叔母様さまの家の近くは田舎で、倉庫の仕事がなくって、迷っているの」


屈託なく笑う。


「その彼とは結婚してないのよね?・・・・彼を愛しているのね。心から」


なんだか泣きたくなる。

会計の仕事というキャリアを投げて、このあまりこの女、無邪気に、実に無邪気に己の全てを、この男に捧げている。無償の愛だ。


「ええ!結婚は、彼がちゃんと独り立ちするまでは、無理だって最初から彼がいってたので、まあ一緒に住んでるし、いいかなっと思って。それに、彼の成長を見守って、お世話するのが私の喜びなの。いつも彼、家に帰ってきて、今日はどんな事を学んだとか、どんな人と知り合ったとか、どんな事があったとか、全部報告してくれるのよ!そうやって成長していく彼を支えていくのは、私の喜びなの。そして、彼の夢が叶うのは、私の夢でもあるのよ」


うふ、どうもありがとう、とカロンに丁寧にお礼を言って、ふうふうと紅茶をたしなんでいる。


ミシェルは、いやな予感がした。




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