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「で、あんた責任もって元の世界に返してくれるの?」
ミシェルは、ダンテの身の上には同情するが、そんな事はミシェルがこの異世界に飛ばされた事と、全く関係がないではないか。惜しい仕事ではなかったけれど、一応仕事はあるし、彼氏もいないが、一人暮らしてきた、家もある。
ミシェルの鏡台には、毎月コツコツ給料日に買っていた、ブランド物のマニキュアがびっしり並んでいて、あのマニキュアのコレクションは、惜しい。それから、来週新曲を発表とかいってたアーティスト。今度友達と約束してたケーキ屋。大したものはなにもないが、それでも、ミシェルには、小さな暮らしがあった。
「・・この世界で飲食する前なら、おそらく、何とか私の力で、返せた。今の状態では・・難しい」
「難しいって、どのくらいよ」
ミシェルは即突っ込んだ。
ミシェルが「難しい」と営業先にいうときは、ほぼ無理、と同じ意味だ。
このダンテというイケメン、おそらくミシェルを煙に巻こうとしてるが、そうはいかない。
「いいわ、言い方をかえるわ。この10年間で、私を送り返せる可能性は、あるの?正直に答えなさい」
ダンテは、言いにくそうに、
「すまない。方法は、・・今はない。君が、この世界で死なない限り、もう元の世界には、もどれない」
「・・うそ」
「・・・・」
「・・・・・・・」
ミシェルも、ダンテも次の言葉がない。
二人で、途方にくれて、空を支配する二つの月を眺めていた。
こんな時、どうしたらいいのか。
いきなり異世界に失敗で飛ばされて、その上ミシェルが飲食したので、もう帰れないという。
泣きわめいて、召喚してきたこの失礼な男を、憎んで恨んで半殺しにしてやれれば、どれほど楽になるだろう。
だが、この男の腕に走る、縦に長い傷跡をみてしまったら、なんだかんだでお人よしのミシェルは、どういう気持ちになってよいのか、わからなくなってしまったのだ。
二人で、どれほどの時間を無言ですごしただろう。
「・・・ダンテ様、お話するご無礼をお許しください。お連れの司祭様から、どうか私に神の言葉を」
後ろから、か細い声がした。
ミシェルが振り返ると、そこにはカロンと同じくらいだろうか、まだうら若い少女期を脱していないような娘が、膝をついて、ミシェルの後ろで頭をたれていた。
(そっか、このコート、か)
ミシェルはさきほどカロンが言った言葉を思い出す。
この国で、この色のコートを着れるのは司祭様とやらだけらしい。
カロンの話によると、司祭様とやらは、この国の神の言葉を聞く事のできる存在らしく、なんだかんだで、普段は人々の悩みを神殿という場所で、聞いてやるらしい。
ダンテは有名な、どこかの貴顕らしいので、こんな道端でダンテと一緒に途方にくれている、赤いコートのミシェルを、お忍びの司祭だと勘違いしたらしい。
「あー、娘よ、誤解だ。この女は、ええと」
何か言ってこの娘の誤解を解こうかと、ダンテが口を開こうとその時だ。
娘がもう限界とばかりに、わああ!!と泣き出した。
「ちょっと・・どうしちゃったの??」
おいおいと人目も憚らずに泣く娘に、ミシェルは戸惑ったが、なにせミシェルはお人よしだ。
自分の説明を放り出して、背中をさすってやった。
(いや、泣きたいのは私の方なんだけど・・)
死なないと元の世界に戻れないというかなりショッキングな身の上なのにも関わらず、しばらくよしよしと、ミシェルはこの娘の背中をさすってやると、ようやく落ち着いてきたのか、娘は口を開いた。
「司祭様、私には心から愛する恋人がおります。なのに、父は私を愛しい恋人から引き離して、遠い街の、見たこともない年上の男の元に嫁にゆけというのです。私には、親は父しかいないので、父のいう事を聞くしかないのです」
(ああ、古い家ではよくある話よね)
絶賛彼氏いない歴長めのミシェルは半眼になりつつ、本日2回目になる異世界恋愛話を聞いてやっていた。
「神よ、どうぞ道をお示しください。愛しい人とこのまま結ばれて、父に勘当されて二度と家に戻らない道をえるべきなのか、父の良き娘として、愛しい人との真実の愛を手放して、顔もしらない男の妻になるべきなのか、どうぞ教えてください・・うっ・・」
そんな時だ。
おいおいとまた泣きすがる娘の後ろに、うっすら、ぼんやりと何かが見えるではないか。
光の粒でできた、半分透明な、爺さんと婆さんと、それからおばさんが、必死で身振り手振りでミシェルに何かを言わんとしているのだ。
(この子の、お母さんたちだわ・・!)
ミシェルは、身を乗り出した。なぜだか、ミシェルには分かった。この世のモノではない、だがこの娘を愛する者たちの、必死の訴え。
ダンテもカロンも、見えていないらしい。
うっすらと映る3人は、ミシェルと目が合ったことに驚いて、そして顔を見合わせ、なにかをミシェルにむかって放った。
「うお!!」
「ミシェル!大丈夫?」
カロンの声が聞こえるが、返事ができない。
そしてミシェルには、二つの画像がかわるがわるに見えた。
一つは、この娘がやつれはてて、酒場で仕事をしながら、やせた子供を抱えて働いている姿だ。
おそらく夫なのだろう、ひどく軽薄な、だがわりと女受けする顔をした男が、酒の瓶をかかえて小さな子供に怒鳴り散らしている姿。
(な、なに???)
もう一つの画像は、穏やかそうな優しそうな男の元で、小さな子供に平和そうに本を読んでやっている、この娘の少し年を重ねた姿だ。娘の顔は見えなかったが、娘の子供の顔は見えた。安心しきっている、幸せな顔。
そして、もう一つの映像が割って入ってきた。この娘の父親なのだろう、少し疲れた、娘とよく似た顔をした中年男が、心から心配そうに娘の事を亡き妻の絵姿の前で祈る姿。
(なるほど・・)
顔だけ・口だけの、悪い男にひっかかってきたミシェルには、納得できた。この初心な娘がひっかかっちゃったロクでもない男から大事な娘を守ってやる為に、父ちゃん、死んだ母ちゃんの魂にすがって、そして悪役になって、遠くに頑張っていい相手見つけてきたんだな。いい父ちゃんのいう事は、聞いといたほうがいい。
いい父ちゃんを、早くに亡くしたミシェルは、ちょっとしんみりだ。
この娘の父ちゃんみたいな父ちゃんが身近にいたら、ミシェルのろくでもない男遍歴は、多少ましになったろうか。いや、そりゃないか。
ミシェルは、ほう、っと深いため息をついた。そして、司祭っぽい顔をして、この娘に、言葉をかけてやる。
「娘よ、父のもとにゆきなさい。父の選んだ男の元で、神への愛をはぐくみなさい。それが神の言葉です。人への愛は、神への愛の前には、価値の薄いものなのです」
ポンポン、とミシェルは娘の肩をたたいてやった。どっかの映画のそれっぽいセリフのパクリだ。
ミシェルの言わんとしたことは、
(顔だけ男に真実の愛なんていわれて、浮かれてひどい人生歩むところだったのを、やさしい父ちゃんが無理やり引き離してくれて、遠い所で優しい年上の安定感抜群の男みつけてくれたんだから、感謝して乗っかときなさい)
という、さんざ辛酸をなめてきた、女の先輩してのありがたーいアドバイス。
しくしくと泣いていた娘の後ろに、また半透明の三人組があらわれて、今度はミシェルに心から安心した顔をして、深く頭を下げた。
娘はあまりミシェルの言葉に納得した感じではなかったが、この国における司祭様とやらの影響は大きいのだろう。
素直に頭をさげて、「それが神のお言葉なら」と、去っていった。
この娘は、安定感のある旦那の元で、幸せな結婚生活を送るだろう。父ちゃんよかったな。いいことしたわ。
しょんぼりと夜道を歩いていく娘の後ろ姿を、ミシェルはぼんやりと見送って、ふと、すごい視線が投げられている事に気が付いた。
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