エピローグ
「……こんなのよく通りましたね」
「あなたが頼んだんでしょう。と言いますかこちらの台詞です。よくやりますよ、初めから勝利が決まった戦争なんて」
本来閲覧できない簡易報告書に目を通し、疲れの見える戦争部員さんに苦笑いを見せた。
そこは取調室。もっとも刑事ドラマで見る全面コンクリートの圧迫感のある部屋ではなく、カウンセラー室のような机と椅子があり、日の差す明るい部屋だ。
僕はただ今詳細な文書を作るための協力をしている次第である。
「今回の戦争の詳細な事情を知るのはあなただけ。無関係の砂糖罰に取り調べするわけにはいかず、球磨川の供述は嘘まみれです。なら記憶を保持した状態の砂糖丸に生き返ってもらう他ない。せっかく用意したカバーストーリーが没になって、ゴシップ愛好会は泣いてましたよ」
「そんなことはない。先輩は僕と共犯なんですから大抵のことは知っていたはずです」
先輩は目を逸らし、聞いていないふりをする。
報告書が穴だらけになる方が彼としては許しがたいのだろう。
裏社会は面子と体裁をルール以上に気にする、直感に反した事柄だけど、それをこの世界に関わってからよく実感する。
兄さんを二か月タダ働きさせることを条件にしてまで戦争部員に頼んだのは、この戦争の決着である。
砂糖罰――僕の兄を部外者とするなら、彼は傍観者だ。傍で観るだけの者にここまでしてもらうのは心苦しいけれど、正直それ以外の丸い物語の終え方が分からなかった。
戦争の内容はトランプ、『なにで戦うのか』は正直戦闘が絡まないレギュレーションであればなんでもよい。
第一回、もといVS暗殺同好会との戦争において、何でもあり加減を学習した。本来の戦争相手を拘束しても、ルールに従順な傍観者と白熱した戦闘をしても、その気になれば臨時の戦闘相手の手首を切り裂き戦闘不能にしても、なんら問題はないのだ。
だが何でもありの中に、ただ一つルールが敷かれている。
それは戦争部が置く条件ではなく、裏社会のしきたり。この血みどろな世界に生き抜くために自然と染みつく宗教なようなものだ。
「部外者に手を出してはならない」
カタギへ危害を加えるようなことがあれば、裏社会が表沙汰になり、この世界の根本を揺るがす大事件を引き起こしかねない。
大事件を揉み消してこその裏社会ではあるけれど、横行していてはキリがない。
瀟赦学園は水面下で裏社会のいろはを叩きこむための学校だ。最も許されざる罪は殺人でも国家転覆でもなく、教えを破ることである。
今後裏社会に出て困らないように注意すべきところは注意する。通常教師が道を外れた生徒を矯正するように、スポーツマンシップに欠けた生徒には戦争部が制裁を執行する。
放任主義の学校はこんなところまで黙認するのだから徹底している。
だから球磨川さんは特例で敗北を喫し、あの戦争は特例に揉み消された。
教訓として公然と開示されながら、なかったことになった。
我が兄はこの学園のボスで部外者だとするのは厳しいかと思ったけれど、そこは戦争部の手腕、戦争部員さんには多大なる迷惑をかけた。
「そういえば、みなさんは死んでいませんか。健在ですか」
生き返り、意識が戻ってすぐに取り調べを受けていたからみんなの所在を知らない。
「それが本題でしょう?メイド部も暗殺同好会も死人はいません。オークションクラブ連合は数えきれない損害を受けたようですが、球磨川は――いえ、球磨川たちは残機を一つも減らさず生き残っています」
オークションクラブの方は興味がないと判断したのか正確な数字を言わない。まだそちら側の取り調べが済んでいないのかもしれない。
しかしあれだけの大立ち回りをしておいて球磨川さんは生存するとは悪運が強いというか、生存戦略逞しいというか。
僕の微妙な表情を見て彼は同調するように肩を竦めた。
「私が聞きたいことは以上です。あなたから何かございますか」
「いえ、そろそろ行きます。復活したことを報告しないと」
僕の別れに戦争部員さんは軽く頷いて、手元にあったボタンを押す。
背後にあった重厚な扉――生前オークションクラブに捕まり展示されたときに閉じ込められた部屋と同じものがようやく開いた。
五月祭で掛けられた兵器の数々を思い出すに、開発部は見境なく武器を提供しているのだろう。
半ばトラウマになった記憶を封じ込めて、扉に手をかけ半分体を外に出す。
「自己紹介がまだでしたね」
戦争部員さんは思い出すように、僕と同じく最も言いたかったことを告げる。
「四阿の四、角行の角、奈落の奈、棋理の理に与太の太」
彼は初めてそこで笑顔を見せた。
「裏部活、戦争部副部長、四角奈理太。『ゲーム』は終了です」
僕は興奮気味に速足で四角奈さんを訪ねた。
向かう先は旧部室。
部室があのボロ屋敷に移り、入室ギミックを忘れているかと思ったが意外と体に染みついていた。
階段を下って、灯したての長い蝋燭と燭台を横目に大部屋へと足を踏み入れる。
大部屋というが、一人暮らしの僕のワンルームより少し広いくらいもので、屋敷の宴会場には遠く及ばない。
廊下へ体を向け、正座する制服の少女。低いアイロン台の前に座り、自前の白いエプロンにアイロンをかけている。
「お兄さんがいるなんて聞いてませんでしたよ!」
充電式のアイロンの電源を切り、四角奈さんは表情を曇らせた。
「わざわざ愚兄の話を誰がしたいと思うの?砂糖さんの素晴らしきお兄さんと違って、兄ちゃんは生真面目で融通の利かない昔気質のシスコンなんだよ」
「厳格さとコンプレックスって共存するんだ。でも理太先輩のおかげで僕たちはなし崩しの勝利を得られたわけだし、少しは見返してあげたら?」
ぼろぼろのソファに深く座り、問いかける。
気軽な質問だったのに彼女は曇った表情を不快にも濁らせた。
まずい……地雷を踏んだ。自分の親しい人物を軽んじられたことに対して、自分のことを棚に上げて怒っているのかもしれない。
「理太先輩?」
「ご、ごめんね四角奈さん。そんなつもりはないんだ、同調しただけで蔑む気は!けど会話の流れからしてけなすフェーズに入ったのに、それを中断し、感情論でことを運ぶ四角奈さんもよくないよ」
「兄ちゃんを軽蔑しただけで私は怒らないよ、というか大歓迎だよ。というか半分説教じゃなかった?」
溜息をつき呆れる四角奈さんに首を傾げる。
「じゃあなにが四角奈さんの怒りに触れたの?」
「それ!なんで兄ちゃんが理太先輩で、私が四角奈さんなの!?」
身を乗り出し問い質され、詰められた距離分体を仰け反らせた。
「先に一人を苗字呼びしてたら、同姓の二人を呼び分けるにはもう一方を下の名前で呼ぶしか方法はないよ」
「理屈は分かるよ!そうじゃなくて、そうじゃなくてさあ……!」
もどかしそうに両手をわきわきさせる。
首を傾げ、四角奈さんの言いたいことを推察する。
考えることは得意な方だと思うけど、探偵ではないし、追い詰められないと頭が回らないタイプだ。
こんな雑談のさなかで閃くほど冴えたメイドじゃない。
「分からないと殺す」
追い詰められた。
ピンの外れた手榴弾を手放したように、数秒の猶予の後、僕は告げるべき言葉を発した。
「分かったよ凛子さん」
「よろしい。これからため口に加えて下の名前呼びしないと許さないからね。丸さん」
まるで熟年夫婦みたいな呼び方だ。さん呼びもこの機に変えてしまおうかと思ったけど、それ即ち全員の呼び方の一新になるので諦める。
四角奈さん――じゃなかった、凛子さんは兄に似た腹黒い笑みを浮かべた。
僕はこの兄妹にどうしても勝てないらしい。
「これからか」
「どうしたの?なにか引っかかる物言いだった?」
不安そうに、久しぶりに凛子さんは眉毛を下げる。
「いや、何でもない」
そうか、僕にはこれからがあるのか。
この学園に来た理由、兄との交流が果たされたからもう用済みと追い払われるかもしれない、もしくは自然とすっかり縁が切れるものと思っていたけど、彼女にとって僕には続きがあるらしい。
借金百三十万の返済とパレス移住の目標はまだ達成できていない。
それらを叶えるためにもメイド部員としての活動は必須だし、なによりまだここにいたいと思う。
認められているからには、期待に沿えるよう活躍したい。
「これからもよろしくね」
メイド部は暗躍に勤しむ うざいあず @azu16
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