第25話
四角奈は前方半円に引き金を引く。
けたたましい射撃音。
盾持ち、もしくは捨て駒が前列に整列し四角奈の乱射を引き受けた。
飛び散る金属片と肉塊、うめき声と悲痛な叫びに容赦なくばらまかれる薬莢。
まるでゾンビホラーの爽快なシーンだ。
そしてその合間を縫うように彼女の狙う銃弾。獣じみた動体視力で、確実に急所を狙ったそれを紙一重で躱す。美しいブロンドが射撃でぱらぱらと床に落ちた。
一息つくため椅子の裏に隠れる。
「数が多すぎるね」
短機関銃を構え、もう一度牽制に撃とうとして――「おや」弾切れを起こした。
スカートをはためかせ、ふくらはぎに巻き付けた七つのマガジンの一つを抜き出そうとして、見上げた天井には二本の刃。
マチェットと日本刀。どちらも神父とシスターが扱うには鋭すぎる武器である。
刃の間に短機関銃を斜めに滑り込ませ、力を込め床に水平に動かす。
すると四角奈を狙う刃物は少しズレて両方カーペットに刺さった。
咄嗟に刀を離し、自動拳銃を取り出す神父。
マチェットを引き抜こうと手をかけたままのシスター。
引っ掛けた銃を斜めに外し、シスターが武器を取るより先に手首を掴み横へずらす。
神父からシスターが邪魔で彼女は見えない、その間に日本刀を抜く。
シスターの反応速度は四角奈より遅い。彼女が体術へ思考を切り替えているうちに神父の方向へと蹴り飛ばした。
日本刀片手に白兵戦の再開、椅子を壁にしつつ大きな通路へ飛び出、斬り込もうと――彼女は歩みを止めた。
それどころか、手にした武器を落として唖然とした。
面前には中華服と修道服入り混じり四角奈へと銃を構える大部隊の姿。
短機関銃、自動拳銃、全自動小銃、半自動小銃、散弾銃、擲弾銃、狙撃銃、騎兵銃。
オークションクラブと瀟洒の会、急遽の戦闘で混ざっていた指揮系統はたった今成立、複合部隊が完成したらしい。
四角奈が得意とする近接戦闘が通用しない相手、すなわち『数の暴力』。優秀な戦略家がいるならともかく、たった一人では蜂の巣だ。
隊列の組まれた即席の陣形に顔を青ざめさせる。
「さすがにっ無理!」
「撃てーっ!」
誰かが発した射撃命令に彼女は踵を返し、扉を開いた。
「速い!速すぎます啄木鳥さん!」
「えへ、そんなに褒めても、何も露出しないよ」
「露わにしなくていいです!あと褒めてもないです!」
お久しぶりです。三人称多めで中々スポットライトが当たらなかった砂糖丸です。
どこもかしこも戦闘で騒がしいですね、台風の目たる僕が他人事みたいなことを言うと反感を買いそうですがご安心を。
「追えーっ!!絶対に逃がすなーっ!!」
「「「うおおおおおお!」」」
銃火器携えた三十名余りにたったいま僕たちは追いかけられています。
お姫様抱っこをされて、ホールの外周の廊下、楽屋や物置、小ホールへの裏入口が整列する長い一本道を激走する。
距離はかなり開いているが、開けた場所ではない。
消火栓や自動販売機、音楽ホールという名目上どうしても置かねばならない設備が点々と置かれ、インテリアとして観葉植物、陶器も並ぶ。遮蔽物は多い。
お金がかかっているだけあって廊下の装飾は生産性度外視の性質を持つ。
そして三十名が横幅広く取れるような通路でもなく、精々三四人が横並びで切る程度だから、弾幕とするなら薄い。
だから僕たちは体を穴だらけにされずにすんでいた。
「ごめんね!ほんとうにごめんっ!一人じゃ太刀打ちできなかったさすがに!!」
僕をお姫様抱っこする啄木鳥さんの隣を等速で走る四角奈さん。
申し訳なさそうに謝りつつ、走る姿には少しシュールさが残る。舌噛まないのかな。
「気にしないで。あれはちょっと、厳しい」
「むしろ対処できたらちょっと引くよ。四角奈さんが人類で良かった」
「二人のフォローが釈然としない!けど許す!私が悪いから!!」
四角奈さんが片手間に植木鉢を蹴り倒す。これだけで足止めは厳しいだろう。
「このまま外に逃げるわけにはいかない感じ?」
「外にはヒーロー部が待機してるんだって。おめおめ脱出すれば挟み撃ちされるだけだよ」
「詰んでる?」
「詰みじゃない。いま部長が外周討伐に向けて頑張ってるよ」
「良かった、」
言葉を潰すように啄木鳥は走る足を止めて、ベルベットカーペットに皺を作る。
大きく開かれた大ホールへ続く扉、三階まで吹き抜けになって、この広い空間にはいくつかソファやテーブルが並ぶ。
反対には固く閉ざされた門があって、ここはオークション会場のエントランスであることが想像ついた。
というか開始地点だ。
僕たちはここから飛び出し、奴らから逃げていた。
怒声と力強い足音が聞こえる。振り返ると追手が懲りずに走り来ている。
しかし数が明らかに少ない、ちょうど半分減っている。そして全員が修道服を着ていた。
「まずいよねこれ」
いくら戦闘、裏社会に疎い僕でもこれが何を意味しているのか分かる。
追手の正反対、大ホールを出て逃げた方向からもう半分の生徒たちが小さく、逆走してきているのが見えた。彼らの服装は中華服。
挟み撃ち。
警戒していた劣勢が予期しない形で表れてしまっていた。
幸い大ホールの入場口の両脇には二階席へ進む階段がある。そしてその上には三階席への階段。日乃実さんが外周のヒーロー部を蹴散らすまでの時間稼ぎには十分な構造だろう。
「無理だよ」
「なんで!?」
「今は私たちの力量を計りかねてるから、兵がまとまってる。でも逃げの一手だけなら、侮って兵を分散して探し始めると思う。孤立兵を叩くのは得意だけど、飽和した戦場で一人の兵は呼び鈴になる」
「消耗戦、私たち得意じゃない」
「……戦闘できる二人が言うなら間違いないです。打つ手はありますか」
「「ある」」
啄木鳥さんは僕を下ろして、階段の方向を指差した。
どこからともなく取り出した折り畳みナイフ、両手に一本ずつ逆手に持ち、表情の温度が消える。
四角奈さんはスカートをたくし上げて自動拳銃をリロード、ふくらはぎに巻いていた複数のマガジンを床に落とした。
暗殺者はメイドに背に、聖職者に立ちはだかる。
メイドは暗殺者に背に、商人に立ち向かう。
それが何を意味しているのか理解したくない。けれど、聞き分けの悪い庇護者にもなりたくなかった。
「死にませんよね。僕だけが生き残るなんてバッドエンド望んでませんから」
「死なない。なぜなら私たち、君より強いから」
「死なないよ。だって私たちは君を強く思って来てるんだから」
大丈夫だ、二人は帰ってくる。
振り返らずに階段を上がってゆく。
今度こそ信じるんだ。
「ああ言ったけど、りっぽうちゃんは自信ある?」
「ううん。ない」
「だよねえ、殺す気の一個小隊二人で捌けたら英雄だよ。まあどっちか生き残れば体裁は保たれるかな」
「りこちゃん」
「なに?」
「もし死んでも、友達だよ。忘れても、友達だから」
「うん」
テセウスの船という思考実験がある。
『一隻の船の部品を全て変えたとき、果たしてその船は以前の船と全く同じと言えるだろうか』というもの。
瀟赦学園では死者蘇生が当然の技術として普及している。
死ぬとその世界で暮らす権利は剥奪され、一般人として生きる道を強制、裏事情の記憶は消去される。
彼らの一部分、されど自分の全てであった事象をえぐり取られて、果たして彼らは以前の彼らと言えるだろうか。
血の一滴まで裏社会で構成された彼らはどこまで削ぎ取られるのだろうか。
倫理も道徳もない世界では説かれない話だが、この世界に住む人々はみな等しく『死』を死と思っている。
したがって才能に溢れ、再起不能になるほど裏社会に精通しない者は強い。
だから、砂糖罰は頂点に立った。
努力に依存しない天賦の才と、長く一般人として生きてきた確固たる人格、そして即時戦線復帰できるだけの要領の良さを持つから。
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