メイド部は暗躍に勤しむ

うざいあず

第1話

「…………い…………さま」



「おーい…………ゅじんさま」



「おーいご主人様、起きてくださーい」


 

 頬をつつかれて机に突っ伏した顔を上げた。

 夕方の人気のない教室にオレンジ色の夕日が窓から差し込んでいる。

 そういえば六時間目が終わってからの記憶がない、僕は寝てしまっていたらしい。

 欠伸混じりに起こしてくれた相手に礼を言おうとした。

 

 

 視線を上げた先にはメイドさん。

 

 

「えっと……あの、誰ですか?」

 混乱する頭で平静を保つふりをする。

 

 琥珀を糸にして編んだような綺麗な金髪と深海みたいに深い青の瞳、西洋人形のように美しい少女。

 佇まいは丁寧で、隣の椅子に座る所作さえ美しい。

 黒の長い丈のスカートに白のエプロン、フリルのあしらわれた浅いキャップを被り、彼女の美しい容姿との調和から目を離せずにいた。

 日本に浸透するメイド喫茶のようなメイドさんではなく、ヴィクトリア調のハウスメイドのように見える。かなり本格的だ。

 でもそんな立派なメイドさんがなぜ僕をご主人様と呼ぶのだろう。

 

 問いかけにメイドさんはきょとんとした表情で、

「四角奈凛子です。四角形の四角に、奈良の奈、凛然の凛、子供の子で四角奈凛子。隣のクラスのご主人様の同級生です」

 と答えた。


「え!?四角奈さん?言われてみれば、ぽいような」

「ぽいではなく本人です」

 ずいと顔を近づけ、有無を言わさぬ雰囲気を醸す。

「というか知っていたんですね、私のこと」

「知ってるも何も有名人じゃないですか」

 両手を上げて降参を示すと至近距離の顔を引いてくれる。


 四角奈凛子さんは確かに僕の同級生で隣のクラス、1-Bの生徒だったはず。

 国内ではかなり稀な容姿だから入学時からかなり目立っていた、隣までその美貌の噂が伝わるのだから影響力は凄まじい。

 相手が高嶺の花だと気付いてから一気に眠気が覚めてしまう。

 もし変なことを言ってしまえば、僕の学園内の存在が消されかねない。

「えっと、僕は砂糖丸って言います。砂糖は塩じゃない方の砂糖で、丸はペケじゃない方の丸です」

「可愛らしい名前ですね。して、女の子なのにブレザーを着ているのは理由があるんですか?」

「女子じゃないですよ!」

「失礼しました」

 

 四角奈さんは僕の全身を舐め回すように見る。

 男にしては低い身長、華奢な体躯になで肩。

 女性のような体格に加えて顔――ぱっちりと開いた二重の黒目、幼い輪郭、生まれつき細い眉、小さな口。

 それらが相まってかなり女の子っぽく見られることが多かった。

 今は高校デビューのような勢いで髪をショートくらいまで伸ばしているから、余計にそう見られるのかも。

「……でも、かなり可愛いと思いますよ」

「どういうフォローですか」

 『女の子みたい』そう言われるのは少しだけコンプレックスだった。

 

 機嫌が悪くなって、八つ当たりのような口調で話しを続ける。

「それで四角奈さんがどうして僕のメイドさんなんですか?僕人を雇えるような身分じゃないし、お金もないし」

「私メイド部なんです」

「メイド部?」

 首を傾げると、丁寧な説明をくれる。

「メイド部とは掃除や洗濯や料理や『お掃除』、あらゆる雑務をご主人様の代わりに行う奉仕の精神を重んじる部活です」

「掃除二個ありませんでしたか?」

「ご主人様は雇われたり、適当に決めたりして定めます。今日はこんな時間まで教室で寝てた可哀想なご主人様をご主人様って決めました」

「無視された……というかひどい言い方ですね!」

 妖艶な所作でくすりと口元に手を当て笑う。

 可愛い女の子のその動作にドキッとした。

 同学年の中で一番可愛いと噂の女子、それもメイド服姿で笑っている姿というのは魅入るものがあった。


 こんな可愛い人が自分のメイドさんになってくれるのは願ってもないが、どうすればいいのか分からない。

 メイド喫茶にすら行ったことがないメイド初心者に扱える人じゃない気がする。

「あ、えっとその……」

「なんですか?」

「いえなんでもないです」

 そう思った途端、急に気まずい……!

 初対面の二人、会話が続かず僕はポケットに忍ばせたスマホへと視線を落とした。

 

 『17:30』

 

「やべっ」

 急いで立ち上がり、通学鞄を殴るように持ち上げる。

 それに合わせて四角奈さんも隣の席から腰を離す。

「そんなに急いでなにか用事でもあるのですか?」

「買い物に行かないと。夕飯の準備もしないとだし」

 教室にから出ていく横をとてとてとついて歩く四角奈さん。

「家事当番とかですか?」

「いや僕今一人暮らしだから。ご飯作らないといけないんだ」

「では私が作りましょう」

「えっ!いいの!?」

 目を輝かせる僕に対して、金髪を揺らし微笑む。

 

「はい、ではお買い物に行きましょうか。一緒に」

「よし行こうっ!……一緒に?」

「一緒に」

 僕の疑問を鸚鵡返しする彼女に何故だか嫌な予感がした。

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