怪奇!因習村座敷牢立ち退き拒否人外男

鴻 黑挐(おおとり くろな)

第1話

  東北の山深くに、はるか遠くから移り住んだ人々が築いたとされる村がある。

 小さな村ではあった。しかしこの村では農作物は常にふんだんに実り、狩猟しゅりょうで得られるけものも丸々とよく太っていた。そのため、この小さな村は面積に反し大いに豊かであった。この土地を何度も襲った飢饉ききんの際も、村の作物は変わらず豊作だったと伝えられている。

 そんな村も今では人口の50%が65歳以上、そのうち20%が75歳以上。お手本のような限界集落となり果てていた。高齢の住民が亡くなり、村の建物はくしの歯が欠けるように次々と空き家になっていく有様ありさまだ。

 そんな折、この村に老人ホームを作る話が持ち上がった。


 長い山道を四駆よんくのミニバンが駆け上がってくる。

「ハァ……。こんなところに老人ホームなんか作って、入居者なんか来るんですかねぇ」

「ただの老人ホームじゃねえぞ。特別養護老人ホーム、特養だ」

男二人がミニバンから降りてくる。移住民の頭領一家が住んでいた屋敷を中心に開拓された村の景色は、まるで推理小説の舞台のようだ。

「こんなバカデカい建物建てるなんて、やっぱしトクヨーってもうかるんですかね」

若い男が揶揄からかうようにぼやく。

「寝たきりだったり車椅子だったり、とにかく要介護老人を集める所だからな。バカデカくしないと不便なんだよ」

年配の男が、わきに担いだファイルから取り出した設計図に目をやりながら返事を返す。

「へー」

「無駄口叩いてるヒマがあったら、基礎きそ打つ所の確認でもしとけ」

設計図には、これから建てる老人ホームのおおよその位置と大きさが示されていた。

「これ、この村ほとんど老人ホームになるって事ですよね?大丈夫なんですか?」

円形に開拓かいたくされた村の、ふもとに続く道側に接する7割ほどが老人ホームの予定地になっている。

「ま、『空き家は全部潰してくれ』って事だったしな。ほとんどの空き家はほぼ廃墟はいきょだからいいとして……」

二人は村中央の大きな屋敷を見る。

「問題は、あそこだな」

「っすね」

依頼主によると空き家になってもう10年は経っているらしいが、土壁つちかべの屋敷は往年おうねんと変わらぬ姿を保っている。

「これ……壊すのもそうですけど、壊したのを片付けるのもかなりヤバいですよね」

二人は引き戸を開けて建物の中に入る。板張りの扉は驚くほどすんなりと開いた。

「いや、問題は建物じゃねえんだ」

「え、じゃあどこなんですか?」

土間どまを抜けて、靴も脱がずに廊下を歩く。もとより壊す予定の屋敷だ。今更遠慮えんりょもいらないだろう。

「この下にな」

廊下を突き当たりまで歩き、部屋をいくつも抜けた先。日の当たらない部屋の床に、周りから不自然に浮いたたたみが一枚あった。

座敷牢ざしきろう、があるんだとさ」


 座敷牢。精神障害者など、外に出すには不適ふてきな人間を私宅したく監置かんちするための施設である。

「何がマズいんすか?地下室みたいなもんだし、埋め立てて壊せばいいんじゃないんすか」

戦後、私宅監置が法律で禁止されて座敷牢が使われる事は無くなったはずだ。となれば牢の中は無人であると考えるのが自然だろう。

「いやー、それがな……」

年配の男は言葉をにごす。

「え?まさか……『いる』んすか?」

若い男は困惑こんわくした。

「だって、ここが空き家になったのって10年前じゃないんすか?そっから誰も来てないんすよね?仮に、仮に人がいたとしてっすよ。……その人、もう死んでるんじゃないんすか?」

若い男の心配をよそに、畳が剥がされて地下への入り口があらわになる。

「行くぞ」

年配の男が懐中電灯かいちゅうでんとうを手に持ち、暗い階段を降りる。

「ちょ、待ってくださいよ!一人にしないで!」

若い男がそれに続く。

 二人分の足音が狭い階段に反響はんきょうする。永遠にも思える下り階段が途切れたその先には、岩盤がんばん掘削くっさくして作られた小部屋があった。


 「ここが座敷牢か」

部屋を横に両断するように木製の格子こうしが取り付けられている。格子に取り付けられていた出入り口であろう空間は板でふさがれていて、中に入っている人間が出入りする事は不可能なようだ。

「うわくさっ!ヤッバイって、なんか中で腐ってるんじゃないんすか⁉︎」

失敬しっけいな」

聞き覚えのない声が、涼やかに響いた。

「……えっ?」

「大体人の家に押し入って文句を言うとは何事じゃ。ぬしら、礼儀れいぎっちゅうもんを知らんのか?」

声は格子の向こうから聞こえてくる。年配の男は恐る恐る格子の向こう側に懐中電灯を向けた。

「何じゃ、まぶしいのう」

そこには、白い着物を身にまとった青年がいた。

 サーモンピンクの瞳。光を放っているのかと錯覚さっかくするほどに白い肌。床を埋め尽くすほどに伸びた金髪。異臭と湿気で満たされた座敷牢にはおおよそ似つかわしくない風貌ふうぼうだ。

「どうも、初めまして」

年配の男が青年に頭を下げる。

「早速で申し訳ないんですがね、本日は立ち退きの件でお伺いしたんですよ」

「ちょ、ちょっとぉ⁉︎」

年配の男がファイルから資料を取り出すのを、若い男が引き止める。

「何やってんすか⁉︎」

「ん?来る時言ったじゃねえか。『問題は座敷牢』って」

「それは……まあ、言われましたけど……」

二人がゴタゴタと言い争っているのを、青年は面白がっているような様子で見ている。

「お?何じゃ何じゃ、喧嘩けんかか」

 青年の視線に気づいた年配の男は、口論を止めて座敷牢の方へと向き直った。

「えー。この度、ここの上に老人ホームを建てる事になりましてね」

「ほうほう」

「それでですね、あなたにはここから引っ越していただきたいわけなんですよ」

その一言を聞いた瞬間、青年の表情がにわかに険しくなった。

「嫌じゃ」


 「イヤだとかじゃなくて。引っ越ししてもらわないと工事が進められないんですよ」

「ここは元よりわしの家じゃ。何故なにゆえ儂が出ていかにゃならんのだ!」

青年の張り上げた声が地下室に反響した。

「そもそも。ここを出て、一体全体どこに行けと言うのじゃ」

「その件に関しましては、こちらに資料が」

年配の男が格子の間からプリントを差し出す。

「現在のお住まいに近い形のものをこちらで用意させていただきます。こちら完成予想図ですね」

青年がプリントに目を通す。

「ふむふむ、なるほど」

青年はプリントの両端を鷲掴わしづかむ。

「誰が入るかこんな所ーっ!」

次の瞬間、哀れプリントは真っ二つに引き裂かれた。

「何じゃ、この……!」

青年がプリントの完成予想図を指差す。

「コンクリ張りではないか!物置じゃあるまいに!」

示されたのは、一面コンクリートの無機質むきしつな地下室だった。

「いやその、予算と工期を加味かみしてですね……」

「馬鹿にしおって、この小童こわっぱ共が!」

青年は床にプリントを叩きつけた。

「いやいや、新しいお住まいの方が絶対いいですよ。ネズミも虫も出ないし……」

やかましい!」

年配の男の言葉を青年が一喝する。

「儂はここで死ぬるんじゃ!分かったらとっとと帰らんかい!」


 交渉が決裂けつれつし、気まずい沈黙が流れる。

「はぁ……。もうアイツごと埋めちまうか」

年配の男は半ば諦めたように吐き捨てた。

「いやいや、諦めちゃダメでしょ!」

「いいじゃねえか。本人が『ここで死ぬ』つってんだし」

「良くないですって!ああもう……」

若い男が格子に歩み寄り、引き裂かれたプリントを拾い上げる。

「……何じゃ」

胡座あぐらをかいて座る青年に視線を合わせるように、若い男もひざをついた。プリントを懐中電灯で照らして青年に見せる。

「この建設予定地、部屋の上に神社を建てるんですよ」

青年が顔を上げる。

地主じぬしさん……この家に住んでた人のお孫さんが強く希望してるみたいで」

「そうか……。あの小倅こせがれが、か」

「コセガレ?地主さんはしわくちゃのおじいさんっすけど」

青年は天を仰ぎ、深く息を吐いた。

御神体ごしんたいとしてまつるつもりか。神にも成れぬ、人にも戻れぬ。そんな儂を、御神体に……」

光に青年の長髪が照らされる。

「あっ……!」

金髪に見えていたそれは、全てが丸々と実った稲穂いなほであった。

「儂は……儂は、忘れられてなど、捨てられてなどいなかったのだな……」

青年のほおを涙が伝う。その涙はくわの実になって床に落ちた。

 青年が立ち上がる。

わっぱ

「は、はいっ⁉︎」

若い男の声が裏返る。

「連れて行ってくれ。そのやしろに」

「え?いや、まだ建ててはないんですけど……」

男の返答を聞いた青年は、あきれたように首を振った。

「ハァ……。引っ越してやると言うておるのじゃ。たわけ」

「えっ!」

若い男の顔がパッと明るくなる。

「ヤッター!ありがとうございます!これで工事が進められるぞー!」

「ふふふ」

飛び上がって喜ぶその様を、青年はやわらかな笑顔で見つめていた。


 昔々あるところに、小さな村がありました。

 村のある土地は大変貧しく、なかなか作物が育ちませんでした。

 ある日、村人のリーダーだった妖術師ようじゅつしがこんなことを言いました。

豊穣ほうじょうの神を降ろして、この村を豊かにしてもらおう』

 足の悪い男の子が、神様を降ろす依代よりしろに選ばれました。

 そして、男の子は豊穣の神様の力で満たされました。

 髪はたっぷり実ったお米になりました。体から出るものは全ておいしい野菜や木の実になりました。体の肉をぎ落とすとおいしい獣の肉になりました。

 男の子はリーダーの家の地下に閉じ込められました。

 村の人たちは、食べ物がなくなると男の子を訪ねました。腐った物を食べさせれば、戻した吐瀉物としゃぶつは具沢山の雑炊ぞうすいになりました。

 男の子が出した食べ物はみんな村の人たちが持って行ってしまうので、男の子はネズミやトカゲ、虫などを食べて生きていました。男の子には神様の力が詰まっていたので、そんな暮らしをしていても痩せ細ることはありませんでした。

 男の子は立派な青年に育ち、年を取る事がないまま何百年も生きていました。

 しかし、いつしか訪ねてくる村の人は減り、ついには誰も来なくなりました。

 それでも青年は地下の座敷牢から出られませんでした。ずっとずっと、ひとりぼっちだったのです。


 老人ホームのふもとに、真新しい神社がある。コンクリートの壁で作られた簡素かんそ社殿しゃでんだが、不思議と人々に親しまれていた。

「しっかし、この神様ぁどごの神様だべか」

「だぁーれ(だってアンタ)、どっかから持ってきたんだべど」

「んだば、山の方だい(だろう)か」

「んでねぇの」

社殿の前にいた老人たちが、話をしながら遠ざかっていく。

 その後ろから、若い男がやってきた。

「誰にも見られてないよな……?」

男はあたりを見回して、社殿の横にあるフタを開けた。

 真新しいコンクリートの階段を下っていくと、これまた真新しい地下室があった。

「おお、わっぱか!何じゃ、供物くもつか?」

くたびれたソファーに横たわって、稲穂の髪の青年がくつろいでいた。床を覆い尽くすほどだった髪はこしほどの長さに整えられている。

「お土産っす。新作のドリンクとスイーツ、あと本も何冊か」

「おお!有難ありがたや有難や」

青年は袋を受け取り、小さなテーブルに置いた。テーブルに置かれたデスクライトは部屋全体を照らすほどの明るさだ。

「この前掃除そうじしたでの。ゴミ捨てしてくれんか」

青年がゴミ袋を差し出す。中には少しのゴミ、それからたくさんの野菜や木の実が詰まっていた。

「いつもありがとうございます」

「何の何の。其方そなたの供物は毎度美味いものばかりじゃからのう」

青年が歯を見せて笑う。

「んじゃ、また来月ですね」

「うむ。達者でな」

若い男が地上へと戻る。

「さーて、今年もそろそろ田植えの時期じゃろうか。儂も精を付けて、実りの助けをせんといかんのう」

神様見習いの青年は手に持ったスイーツにかぶりつく。稲穂の髪が、美しい音を立てて揺れた。

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