第7話 中国での小学校生活〜青島編5.〜

最初あたりに、青島で通っていたインターナショナルスクールは、

幼稚園〜高校まであり、私は小学校から通い始めた。

学生は週末・大型連休・長期休暇以外の平日は必ず寮生活なので、

要は家族や両親の愛情が一番必要な時期にみんな家を離れて、

子供だけで共同生活を行う。(もちろん寮母先生はいる)


だからと断言できるわけではないが、一部というべきか...多くの...

多分多くの学生は親の愛情に飢えていたように思う。


これも前に書いたか忘れてしまったが、

生徒は先生に対して一生懸命尽くそうとする。

先生が悲しいと生徒も悲しむし、先生が嬉しいと生徒も一緒になって喜ぶ。

多分日本では珍しい場面かもしれない。


生徒が愛情に飢えていた出来事や、先生のために尽くした場面などを挙げていく。


担任の先生が風邪を引いたら、生徒が心配して、先生の泊まる宿舎の部屋まで行って、保健室からもらった風邪薬を持っていったり。

最初私はそれを見て「家族じゃない、ただの先生なのになんで?先生が生徒を心配するのなら分かるけど、なんで生徒が先生の心配をするの?」と子供ながらに思った。

でも次の日先生が教室に入り、教壇に立ち、朝の挨拶のあと、薬を持ってきた生徒の名前を1人1人言い、感謝の気持ちを述べた時の当事者たちのあの満足そうな顔が見えた。誇らしげに背筋をピンと伸ばして座っていた後ろ姿。一緒に風邪薬を持っていった生徒同士の優越感が込められた目配せ。

休憩の時には、その当事者たちが担任の先生に駆け寄り、ハグをしてもらっていた。先生はその子たちを褒め、頭を撫でる。

先生の傍まで行って甘えられる機会なんて滅多にない。その希少なチャンスを手に入れた子供たちの顔。


別のエピソードだと、学校に先生同士対抗のバレーボール大会があったが、

先生たちは結構ガチで頑張る本格的な大会だった。

担任の先生は手首や腕の内側に内出血が起きていた。

それを見たクラスメイトはまた保健室に寄り、保健室の先生の事情を話し、内出血に効く塗り薬みたいなのをもらった。

保健室の先生は生徒たちに「担任の先生はあなたたちみたいな生徒を持って幸せだね。」と褒めた。

その後みんなで先生の宿舎の部屋まで行き、先生にその薬を渡した。


学校は、クラス対抗別の大会を設けていた。

例えば集団行動、武術、体操などなど。

優勝すれば優勝旗がもらえ、次の大会が来るまで1年間それを教室のドアの前に飾ることが許される。

みんなもちろん優勝を目指す。大会があればみんな優勝がほしい。

ただ、それだけでなく、クラスみんなの目標は

「先生のために優勝旗を勝ち取る」だった。


私のクラスは集団行動に強く、優勝常連クラスだった。

しかしある年、いつかは覚えていないが、優勝を逃した。

後日集団行動の写真が廊下に張り出され、クラスメイトたちと一緒に見ていた。

ある一枚がきっかけで、それが優勝を逃した理由として私がクラス全員から責められたことがある。

私は背が高く、高い順でいつも先頭に立つ。

その写真は、歩き出す様子を写した一枚だが、先頭に立つ私が後ろに続く生徒たちと比べて、腕をきちんと上げきれていなかったのだ。

そのせいで、今年は先生に優勝旗をあげることができなかったとその日一日責められ、自分でも自分自身を責めた日だった。


こういった行事だけではない。

日常生活でも、「先生のために」が行われていた。

男子たちがうるさくしてると、クラスメイトが「先生を困らせないで!」と男子を叱ったり。

クラスの平均点が他のクラスより低かったら、「次のテストは先生を悲しませないように頑張ろう!」とお互いを鼓舞したり。


また、夜消灯時間後、しばらくの時間、寮母先生は各部屋を見回る。

その時1人の生徒が咳をする。

すると先生が「◯◯ちゃん風邪引いたの?大丈夫?明日先生と一緒に保健室に行こうか?」とその子のベッドまで行き、おでこを触って熱があるかどうか確認する。

すると、他の子たちも、自分も風邪を引いたかもしれないと一斉に咳をし出す。

だが先生もそれは嘘の咳だと分かっているから敢えて何も言わない。

風邪が流行る冬の時期になると、よく見られた光景だった。


ここまで長くつらつらと書いてしまったが、

これって微笑ましいだろうか?可愛いだろうか?

私には強い言葉で言うと、残酷だと思う。


おそらく日本の学校では見られないことだと思う。

たまに聞く学校の感動物語というのは、必ずそれなりの理由がある。

先生が退職するからとか、卒業を控えて先生に感謝の気持ちを表したいとか。

そういう正当な理由があって生徒は初めて先生のために何かをしようとする。


ただし、私の通っていた中国のインターナショナルスクールで、

担任の先生を心配して風邪薬を持っていった生徒たち。

担任の先生の腕の内出血を心配して塗り薬を持っていった私と生徒たち。

その際先生に褒められ、嬉しそうに笑みをこぼす生徒たち。

その子たちは本当に先生のためにって思ってやったことだったのだろうか。

1人の生徒が咳をして寮母先生に心配されているのを見て、他の子たちも咳をし出す。

その子たちは本当に風邪を移されていたのだろうか。


違うと思う。


きっと先生のことなんて心配していない。

小学生の時だったから、みんなもそこまで深く考えていなかっただろうが、

今私が大人になって振り返るとわかる。

先生のことなんてこれっぽっちも心配していなかった。

本当の目的は先生の心配をするふりをして、先生から褒められたかった。

そんなことをしても別に成績表が上がるわけじゃない。

何もしないでいるより、先生に褒められた方がクラスでの居場所が確立されるかという理由もあったと思う。

居場所が確立されるというのは先生が決めることではない。

生徒たちだ。

先生のために行動しなければ、同じクラスメイトとして薄情もの・非協力的なやつだとレッテルを貼られる。

先生のために何かをすれば、クラスで自分の居場所が確立されるし、同時に先生からも褒められ、先生にハグできるし、頭も撫でてくれる。

咳をすれば先生におでこを触ってもらえる、心配してもらえる。


承認欲求だ。

愛情だ。


これが親からの愛を一番求める時期に親元から離れ寮生活をする子供たちが大人に求める精一杯の求愛方法だったのだと思う。


そして今こうやって淡々と、馬鹿馬鹿しいと呟きながらタイピングしている私も、上記行動を全部やっていたのだ。

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