第19話 優しい嘘 4

 「ふううーー。昼休みが終わっちゃいそうだね」


 青菜のセリフでハッとして教室前方に設置された時計に目を向けると12時45分を指していた。

  

 「もうこんな時間か。集中してたせいか、一瞬に感じたよ」


 「ね、楽しい事ってすぐに終わっちゃう。いつだって同じ時間を刻んでるはずなのに、人間って不思議だよね」

 

 そんな青菜の含蓄のある感想に感心しつつ、導きただした回答を口にするため頭を整理する。


 「ここまでいけば分かるよね。今回その家庭教師に見事釣り上げられたのは誰でしょうか?」


 「連れて、釣られたのは―――俺だったってことか」


 「正解ッ」


 結論から言えば、彼女は―――如月美桜は我が母に休息を取らせてあげることを目的にあんな嘘をついたんだろう。

 自分の利益のための嘘ではなく、他人を想った嘘。

 つまり―――――優しい嘘だった。


 自身の母親ならともかく、他人の母を心配するなんて、ましてや大切な休日を棒に振ってまで…変わった人だな、と思う。


 ようは、久しぶりの休みで家にいる母を―――ゆっくり休息をとることができる母を外へ連れ出そうとした愚息を、自ら外へ連れ出した。

 それによって母は休息を十分にとることができて、帰ったころには疲れを感じさせないほど元気に見えた、という訳だった。


 「でも、それならそうと言ってくれればよかったのに」


 そうだ。そもそも休ませてあげようと言ってくれれば、土曜日を一日消費することなんてなかっただろうに。


 「いや、だからこそ優しい嘘だったんじゃない?きっと愁也くんの気持ちも汲んだんじゃないかな。自分のために頑張っている母を労いたいっていう愁也くんの感情を濁さないように、最善の道を選んだんじゃないかな」


 「―――――なるほどな」


 自己を犠牲にして、他者と、他者の母を気遣う。しかも予定を聞いたあの一瞬でここまでのシナリオを考えたという訳か。


 「すごいよね。出来上がった謎を解くのって実は簡単なんだよね。基本的には解が決められていて、解き方も大体世の中に出回っているし。難しいのは謎をつくることだよね。ゼロからイチを生み出すって、なんだか法則を無視しているみたいなデタラメにも見えちゃう」


 そんなセリフを最後に昼休み終了を知らせるチャイムが鳴った。


 教室全体が授業の準備に向けて動き出す。

 沙條青菜もその流れに乗るように、椅子の向きを正対させて、こちらに背を向けた。

 ならう様に机の中から教科書とノート、筆記具を取り出し始める。


 次教に来てくれる時、何かお礼をしよう。

 でも、彼女が付いた嘘を見破ったなんてあれば、メンツが丸つぶれである。

 まして、自分の力で謎を見抜いたわけでもないんだ。


 だから、優しい嘘を見抜いたときが疲れないように、うまい嘘を考えて、お礼をし返すのだ。

 

 そう心に決めて、清々しいまま午後の授業に集中する。

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