If

@mikazukiCR

友人A

 彼は、名を──という。

 いい塩梅に焼けた肌と眩しい笑顔が特徴の、小田原の地で海と共に育った22歳の青年だ。先日、無事院試に合格して物理系の大学院に進学することが決まっている。


 現在所属している研究室から有望視されていた彼だったが、ノーベル賞受賞という夢を叶えるために他国立大学院への進学を選んだ。

 彼が合格した研究室の先人は、国内外問わず活躍している御方ばかりであり、そこへ足を踏み入れる=成功が約束されていると言っても過言ではない。


 そんな輝かしい人生の一歩を踏みだした彼だったが、彼には大きな悩みが一つあった。 何を隠そう、「彼女との付き合い」だ。彼には付き合って1年半の彼女がいるが、その彼女と歪な関係を築いていた。


 傍から見れば、「幸せそう」だの「美男美女」だの揶揄される彼らだが、外野が見ているものは彼等らのほんの一部でしかない。人間、感情、思考や言語というものがある以上、完璧なんてものはないのだ。(だからこそ、人間は面白い)


 彼は、彼女のことを容姿から好きになった。だが、容姿はいつか衰える。確かに今の彼女は美しいと思うし、この先数十年経ってもその美貌の面影は残り続けるのだろうと確信している。では、容姿以外はどうだろうか。「思い立ったら即行動」をモットーにしている彼女の行動力や、それを可能にしているメンタルも尊敬している。そう、外面も、内面も良いと思える部分があるのだ。しかし、良い面と悪い面は表裏一体。何かしらのきっかけで、良いと思ってたことが裏目にでてしまうこともある。今日はそんな話をしようと思う。



 ある日、彼女は恐らく親に買ってもらったであろうソファに寝そべり、彼はそれを見守るような形で立ちながらこのようなやり取りをしていたことがあった。


「私、ハワイで暮らしたいんだよね。君もついてきてよ」

「ハワイで暮らせるだけのお金なんてあったっけか?」


 彼女は彼より一足先に大学を卒業して、フリーターとしてアパレルブランドで働いていた。いくら実家が太いとはいえ、自分の手元にお金が無いことぐらいは自分が一番よく分かっているだろうに。


「いや、今は無いけどとりあえずガールズバーで働こうかなって。周りのみんな、お金稼げるって言ってたし」


 彼女はガールズバーという場所がどういうことをする場所か、あまり理解が及んでいない様子が表情から伝わってくる。一度決めたことは曲げない彼女のことだ、止めろといっても止めるつもりはないのだろう(いつも通り1週間も続かない未来が目に浮かぶ)。


 だが、いつもなら致し方なしと折れる彼であっても、ここは譲れないラインだったのだろう。彼女が話終わるか終わらないかのタイミングで口を開いた。


「ガールズバー?ガールズバーが何をする場所かわかってる?百歩譲って、そこで働くとしてもいつまでそれを続けるのさ」

「特に考えてないけど、お金が貯まればハワイに行けるんだから問題ないでしょ」


 例え幾分かお金が溜まったとて、向こうでどうやって生計を立てるつもりだ?片道切符にならないのか?ハワイに行って何がしたいんだ?ハワイに住んでいるというステータスが欲しいのか?海外への憧れ?それすらも明確になっていないのだろうか。いや、本当に「なんとなくハワイに行きたい」が正解かもしれない。


「それに付き合う俺の身にもなってくれよ。後先考えずに行動して失敗した時に冗談で済まされるレベルじゃないだろうそれは。俺にだって人生があるんだ、叶えたい夢だってある。今すぐハワイに行こうだなんて、君にとっても俺にとっても不可能なことだ!!!分かってくれよ、、」


 我儘な彼女のお願いをいつもソツなくこなしていた我慢強い性格の彼だったが、自分の将来を、ましてや彼女自身の将来を潰してしまう無計画なアイデアを無視することは出来なかった。


 最終的に、珍しくヒートアップしてしまった彼に圧倒され、彼女は泣いてしまった。お察しの通り、結局彼が折れて謝ることになってしまったのだ。彼女としては「怒られた」という事実だけが残ってしまい、「ハワイへ行くことへの無鉄砲さ」を指摘されたことはすっぽりと抜けてしまうこととなった。


 このやり取り以降も、こういった彼女の自由に羽ばたこうとする部分を愛しているからこそ根気強く指摘することが何回かあったが、一向に改善する気がない彼女の様子を見て、彼女のことを「そういう人種だ」と認識を改めることになってしまった。一種の諦めである。当然、これを機に彼女への愛が冷めていったことは言う迄もない。


 愛が薄れていく瞬間は、突然訪れる場合もあれば、些細なことがきっかけとなって積み重ねで起こる場合もある(彼らの場合は両方かもしれないが)。良いと思っていた一面を許容出来なくなった瞬間、その関係は一瞬にして破綻の危機を迎える。これを避けるためにはどうすれば良かったのだろうと、彼は愚考し続けた。


 付き合った時点で別れざるを得ない運命だったのか、それとも自分が我慢し続けていれば良好な関係性を保っていられたのだろうか。目を逸らし続けても、問題が起こるタイミングを先延ばしにしているだけだということは理解している。だからこそ、彼女が変わってくれると信じて、彼は伝え続けたつもりだった(勝手に期待を押し付けて、変わらないと分かれば勝手に冷めるのもどうかと頭の中では分かっているが、コレばっかりはどうしようもないのだ)。


 それでも、何回やっても彼女には届かなかったという事実だけが残ってしまった。

 そのまま彼は、今まで彼女の追いかけるために出していたスピードを落とし、周りを見ることにしてみた。


 するとどうだろう、自分と同じように世間によって形成された「幸せ」という答えがないものを追いかけながらもがいている奴らだらけということに気が付いた。自分だけがしんどい思いをしているのでは無かったのだ!


 余計な悩みがなくなって視界がクリアになったことにより、なんだか周りをみる余裕も生まれてきたし、冷静になってきた気もする。

 やはり、彼は他人を愛すという行為自体が根本的に向いていなかったのかもしれない。それに気づくことが出来たという意味で、この経験は彼にとって一生の財産になり得るだろう。君にとってノーベル賞受賞は確約されたようなものだ。


おめでとう。君は自由だ。

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