第39話 舞姫

 ララナは舞台中央に立った。


 目まぐるしく変わりゆく自分の存在に、なんだか笑いが込み上げる。

 初めはヒナ。

 それだって、本当の名前かどうかわからないのだ。

 そしてララナの身代わりとなりアトリスへ渡る。

 リダファの妻として過ごした時間は本当に幸せだった。けれどそんな幸せもすぐに終わりを告げることになり、今は巫女……リュナスとしてこの舞台に立っているのだ。


 なんのために生まれてきたのか、自分は何者なのか、幼い頃はそんな疑問を抱え悩んだ時期もあった。だが、こうして舞台に独り立っている自分を客観的に見た時、悪い気はしなかった。自分という存在が誰かを救うことになるのなら……それはとても素敵なことなんじゃないかと思えてくる。


 当たり前の毎日が、当たり前に続くように。

 リダファの笑顔が、これからもずっと続くように。


 ただそれだけを考え、歌う。


 すぅ、と息を吸う。

 神様の望むようにできるかはわからない。

 だけど、今はただ、精一杯歌い、舞う。


 それだけだ。


「マイナル、マイナリ、ヴィダラルゥス

 (歌を  歌って  神に捧げます)

 ハシャル デリナ ミクワノーズ

 (願い  込め  祈ります)

 キラバ キラレ キルナ ルシードゥ

 (現在 過去 未来 共にあれと)

 マイナル、マイナリ、ヴィダラルゥス

 (歌を  歌って  神に捧げます)」


 歌に合わせ、舞う。

 優しく、楽しく。

 そうだ。

 自分がここにいることを、是とするために舞うのだ。


「カグナナ、カグナリ、ヴィダラルゥス

 (舞を  踊って  神に捧げます)

 ハシャル デリナ ミクワノーズ

 (願い  込め  祈ります)

 キラバ キラレ キルナ ルシードゥ

 (現在 過去 未来 共にあれと)

 カグナナ、カグナリ、ヴィダラルゥス

 (舞を  踊って  神に捧げます)」


 ふわり、ふわりと、ステップを踏み。

 幸せだった時間に感謝を込める。


 これからどうなるのかわからないけど、最後にリダファに会えたこと。リダファが自分を想ってくれていたこと。忘れない。絶対に──。


*****


 風が、吹く。


 川のせせらぎと、どこからか聞こえる鳥の鳴き声と、木々が織り成す木漏れ日と。

 どれくらいの時間だったのだろう。


 神様は、舞を褒めてくれた。とてもよかった、と。

 そしてそれきり、何も言わない。


 ララナは呼吸を整え、舞台の上に寝転がった。


「ああ、楽しかった」

 それは嘘ではない。

 心からの言葉だった。


*****


 がむしゃらに、走った。

 どこに向かえばいいかもわからずに。


 それでも、今はただララナを迎えに行かなければならないと、取り戻さなければならないと、それだけを考えていた。

 それが神に背く行為だったとしても構わなかった。

 ララナのいない未来など、いらない。

 ただ、それだけだった。


 ――あの娘が好きなの?


 突如降ってきた声に、慌てて立ち止まり振り向く。

 後ろから追いかけてきた三人の姿が目に映った。リダファが立ち止まったのを見て、一気に追いついてくる。


「はぁっ、はぁっ、おっ、俺にはっ……ララナがっ、必要なんだっ!」

 息も絶え絶えにに告げる。あとから来た三人が何事かとリダファを見た。


 ――ふぅん、人間ってのは不思議な生き物だね

「なにがっ」

 急に聞こえてきた声に気付いたのか、三人が辺りを見渡す。


「はぁっ、い、今のはっ、」

「これはっ……」


 ジャコブとマシラが同時に声を発する。マシラは全く息を切らせていない。軍師のような見た目は、伊達ではないらしい。


 リダファは、息を整えると、改めて言った。

「人間のどこが不思議なんだよっ」

 ――不安定で移り気で、そのくせ一途でがむしゃらなところさ

 本当に、心底不思議そうにそう言われ、思わず訊ねてしまう。

「か、神様にはっ、そういうのないのかっ?」

 リダファが『神』と言ったのを聞き、三人が顔を見合わせる。


 ――ないね。私は一定期間眠って、目覚めた時に自分のなすべきことをする。そしてまた眠るだけだからな


「そうなんだ……ですか」

 急に冷静になり、神相手にぞんざいな口を利いていたことを反省し、敬語に直す。


「おい、リダファ。今聞こえてるこの声、って……、」

 イスタが口を挟む。リダファは黙って頷いた。

「なすべきことって、なんなんです?」

 質問をしたのはジャコブ。


 ――その時にもよるけど……

「世界を救う代わりに巫女に歌わせて舞わせるんですよね? ……ってか、ララナをどうするつもりだ!」


 よく考えたら、この声の主のせいでララナはその身を犠牲にすることになったのだ。敬語じゃなくていいような気がしてきたリダファである。


 ――どうって……

「ララナを返せ! ララナはな、優しいから……いつも自分のことは二の次で俺のことばっか考えてて、もっと我儘になればいいのにっ、もっと自分の欲とか出せばいいのにっ」


 情けない。

 何をしているのだろう。

 こんな風にただ喚き散らして、それでどうなるっていうんだ。


 ――君はかい? 君は……君たちは世界をどう考えているんだい?

「は?」


 ――私はね、君たち人間が作り出した世界を、ただ護り続けるために存在している。人間は森や海を荒らし、仲間同士で殺し合う謎の生き物だ。それでも私はたった独りで、この世界を護るためだけに、眠り、目覚め、また眠る


 怒っているのでも嘆いているのでもない。ただ淡々と、語る。


「あなた様は一体……」

 ジャコブが呟くと、


 ――私にも、私が何者なのかはわからない。目覚めるといつもリュナスがいて、私を楽しませてくれるんだ。だから私も、リュナスの望みを叶えるのさ


 同時多発的にやってくる厄災。それを鎮めるためにだけ存在しているモノ。だとするなら、巫女は人間たちの総意として神に願いを伝える伝令のようなもの。干ばつに喘ぐ地で雨ごいをするように、天からの厄災からお守りくださいと懇願する役目?


 ジャコブは、脳内で立てた仮説にひとり首を捻っていた。


 ――あの子の歌と舞はとても素晴らしいものだったよ。優しさに満ち溢れていた


 そう聞かされ、ララナは歌い、舞ったのだと知る。巫女の勤めを終えた? だとしたらそのあと彼女は……、


「ララナ……ララナはどこにっ」

 ――そうだね。そろそろ迎えに行ってあげなよ。もう、すぐそこだから


 声は、優しかった。


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