第24話 白昼夢

「お久しぶりです、ララナ様」


 大きな体からは程遠い、可愛らしい笑顔で右手を出すのはエルティナスの外交官、マシラ・セシアである。久しぶりと彼は言うが、実のところここ一年半で八回も会っているのだから、あまり久しいとも思えない。

「いらっしゃいませ、マシラ様」

 差し出された手を握り返し、ララナ。


 ジャコブ国王の探求心に付き合うようになったララナは、幻の島クナウについて大分詳しくなっていた。


「少し合わなかった間に、またお綺麗になられましたね」

 外交官というお堅い職にあるにもかかわらず、なにかと口が達者なマシラである。こうしてあちこちの女性に声を掛けては褒めちぎるせいで、おかしな誤解を生むことも多いのだとジャコブ国王からの手紙には書いてあったが、本人はあまり気にしていないようだ。


「ありがとうございます。そう見えているのでしたら、それはリダファ様のおかげです」

 そう返すララナに、マシラが驚いた顔をする。

「ララナ様は会うたびに言葉が流暢になり、驚くような返答をしてきますね」

「えっ? 私、また何かおかしなことを言いましたかっ?」

 この国の言葉はそれなりに覚えたつもりでいるのだが、時々おかしな言葉を使って指摘されることもある。さっきの言葉も、何か間違っていたのだろうか、と心配になる。


「おかしなことは申しておりませんよ。ただ、惚気方のろけかたが大胆だな、と思っただけです」

「やだっ、私、惚気てなんかっ」

 ララナが自分の頬に手を当て顔を赤らめる。


「少し冗談がすぎてしまったようですね。さ、気を取り直してクナウの話に移りましょう。実はジャコブ国王が新たな文献を手に入れまして、それについてお話を聞いていただきたいのですよ」

 スッと真面目な顔になり、マシラが本題に入る。


「新しい文献……ですか?」

「ええ。西の商人から手に入れたのですが、そこに面白い話が載っておりましてね」

「面白い話?」

 ララナが前のめりになる。クナウの話は聞いていてとても興味深い。その歴史も謎が多く、かなり古い時代から栄えていたようなのだが、ある時を境にぷつんとその存在が消え失せるのだ。一体どうして滅びてしまったのか。それともどこか別の場所へと移動してしまったのか……。


「クナウにはある言い伝えがあるようです。それがクナウ滅亡の鍵になるかもしれないのですよ」

 外交官であると同時にクナウの研究者でもあるマシラは、鞄の中から資料のようなものを出しながら嬉々としてそう言った。

「これを見てください」

 それはジャコブ国王が手に入れたという文献の写しのようだ。

「これは……クナウの文字ですね?」

「ええそうです。訳すと、こちらの文章になります」


 そう言って見せられた文章には、あまりにも残酷なことが書かれている。


 この世界は、数百年に一度の周期で大きな災いがやってくるというものだ。そしてその災いを最小限にするため、クナウの巫女という存在があるという。巫女はその身を捧げ、それと引き換えに災いを遠ざけてもらうのだ、と。万が一巫女がその身を捧げなかった場合、世界は災いの渦に巻き込まれ、人類は破滅への道を辿るだろう……といったような内容なのだった。


「ここでは『世界』と訳してありますが、多分これは『国』レベルでの話だと推測されます。つまり、災いが起きるのは国レベル。クナウが滅びたのは、巫女を用意できなかったからなのではないかという仮説を立てました」

「……そんな、」

 生贄を捧げろ、という話ではないか。ララナはぎゅっと拳を握りしめる。


「ではクナウはこの『災い』によって滅びた、ということですか?」

「はっきりはしませんが」

「しかし、巫女とはどういうものなのでしょう? なにか、他の人にはない特別な力でもあったのでしょうか?」

 恐ろしい話ではあるが、ただ生贄を用意するだけなら出来そうなものである。言い伝えとはいえ、国の存亡がかかっているのだから。しかしこの災いによってクナウが滅びたというのであれば、それは巫女が存在しなかったか、もしくは存在していたけれどその身を捧げることを拒んだか……。そもそも災いなどというものを信じていなかった可能性もあるわけだが。


「さぁ、どうなのでしょうね。ちなみにクナウの言葉で巫女のことは『リュナス』というらしいです」

……」


 ドクンッ


 まるでその言葉に反応したかのように、頭の奥が警告を発す。心臓をぎゅっと掴まれるような衝撃と、目の前が真っ暗になる感覚。すべての音が遠くなり、ぐらりと目の前が歪む。


 何が起きたのかわからない。

 ……いや、知っているのかもしれない。


 これは、なに!?


 ララナは混乱していた。そして同時に、凪いでいた。


 地面につきそうなほどに長く、風に揺られている長い髪。聞こえてくる歌はクナウのあの、歌。歌っているのは……誰なのだろう。そして知らない風景。なのに、懐かしい風景がそこにはある。


「マイナル、マイナリ、ヴィダラルゥス

 (歌を  歌って  神に捧げます)

 ハシャル デリナ ミクワノーズ

 (願い  込め  祈ります)

 キラバ キラレ キルナ ルシードゥ

 (現在 過去 未来 共にあれと)

 マイナル、マイナリ、ヴィダラルゥス

 (歌を  歌って  神に捧げます)」


 戦う人々の姿。

 燃える、街並み。


 混乱と、恐怖の向こうには、人の手ではどうすることも出来ない荒れ狂う海や、揺れる大地。そして……、


「山が、火を噴いている……?」


 見たこともない赤。

 赤い川が流れる。


 駄目だ。このままではすべてが消えてなくなってしまうと首を振る。


 もっと歌を!

 舞を踊らなければ!

 何故?

 神の怒りを、鎮めるため……、


 次の瞬間、パンと視界が開けララナのよく知る人物が映し出される。


「リダファ様!」

 リダファは雨の降りしきる中、山道を進んでいる。その姿に、ララナは呼吸が乱れるほどの不安を感じる。

「駄目! 行っちゃ駄目です!」


 ドゥン!


 地鳴りと、土煙。そして山が崩れリダファが吞み込まれる。


「いやぁぁぁぁ!」

 頭を押さえ声を張り上げる。


 ――すべてがただの白昼夢であればいいのに……。

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