第22話 里帰り
「ニースに……ですか?」
ララナが驚いた顔でリダファを見つめる。
毎夜、ベッドの中でその日あったことを話し合うのが二人の日課になっていた。
元々は、アトリスの言葉がわからなかったララナの勉強のために始めたことだったが、言葉がきちんと話せるようになった今でも、この習慣は続いている。
「そう。里帰りとか、したくならないのかな、って思ってさ」
そう話すリダファを見つめ、ララナは複雑な気持ちになる。
確かにあの島は自分にとって故郷である。が、家族がいるわけでもなく、慕っていた主……本物のララナは亡くなったのだと、半年前にイスタから聞いた。青い空も、焼け付く太陽も、砂浜も、海も、昔とは違った風景になっているのだろうと思っている。
帰りたいか?
ララナには、わからなかった。
それでも、リダファの心遣いはとても嬉しくて、思わず答えてしまう。
「懐かしい場所ではありますが」
「だよなっ? だってララナの原点だもんなっ? 俺だって一度くらい見てみたいよ。国王に挨拶だってしたいし。……あ、でも、もしかして関係性微妙だったりするのか?」
「え? 陛下と……ですか?」
関係性も何も、彼はニースの国王で、自分はただの庶民だった。主であるララナ様の父上。尊敬すべき、国の長。関係など、あってないようなものだ。
「微妙と言いますか、私はあまり接する機会がありませんでしたので……」
そのララナの物言いと態度を、リダファは大きく誤解する。
(やっぱり側室の子って扱いが酷いのか? 教育もきちんと受けさせてもらえず、父親であるにも拘らず話もさせてもらえない……。こりゃ弟王子達との仲もあんまり良好じゃないのかもしれないな……。いや、それどころか、ララナは側室の子ってことで迫害されていた可能性もあるんじゃ……)
険しい顔でララナを見るリダファ。そんな視線に気づき、ララナが首を傾げた。
「どうかなさいましたか?」
「……ララナ、大変だったんだな。でも、安心してくれ。これからは俺がいるからっ」
そう言ってララナを抱き寄せる。
ララナは目をぱちくりさせながら、リダファの胸の中に顔を埋めた。
「やっぱり、一度ニースに行ってララナの立ち位置ハッキリさせとかないとダメだ」
リダファは、決心した。側室の子、というレッテルから、ララナを開放しなければならない。それは自分にとって、使命であると。
「ニースに行こう! 国王と、ニースの人たちにララナがいかに素晴らしいアトリスの皇女かを見せつけなくちゃ!」
話が大きくなっている。ララナはリダファがしようとしていることが大間違いであることにやっと気付く。ニースに戻ったとしても、自分は国王の娘ではないのだし、誰かに歓迎される立場ではない。それどころか、国王は困るだろう。家臣や国民にまで嘘をつき、いもしない側室をでっち上げなければならないのだから。弟王子たちとて、そんな父親の話を聞きたくはないだろう。自分の母親の外にも女がいたなどと。
「リダファ様、それは駄目ですっ」
激しく首を振り、否定する。
「駄目って、なにが?」
「リダファ様はお仕事もありますし、今の時期は海も荒れますし、私はアトリスでの生活が大好きですし、特にニースに行く理由はありませんっ」
少しばかり、必死になりすぎてしまう。リダファはじっとララナを見つめ、
「……もしかして俺に何か、隠してる?」
と聞いた。
目を見開き、体を震わせるララナ。
「隠してなどっ」
「ララナはさ、嘘が付けないよね。凄く正直だし、何より優しいし。まさか夫である俺に言えないことなんかないよね? しかも、俺が知らないのに実はイスタは知ってるなんていう最悪な隠し事なんかないよね?」
追い詰められるララナ。
本当は自分が国王の血を引いていないこと。このことだけは絶対に、死ぬまで誰にも言ってはいけないと、そうでなければリダファの傍にいられなくなるかもしれないのだから、とイスタにくどいほど言われている。そしてそれだけは絶対に嫌だった。リダファに嘘をつくことになったとしても、それでも傍にいることを諦めたくはなかったのだ。
「リダファ様、私はずっと、リダファ様のことをお慕い申しております。今までも、これからもずっとです」
「……それが、答えってこと?」
リダファが不服そうな顔をする。が、ララナは微笑みを浮かべ、手を伸ばしリダファの頬に触れる。それが合図であったかのように、リダファの顔がララナに近付く。そっと唇が触れ合い、離れた。
「ララナがそう言うなら、俺は信じるしかないな」
ズキン
胸の奥が痛む。最愛の人に、嘘をついているのだと改めて思う。それは許されることではないのかもしれない。けれど、ララナはどうしても、リダファと一緒にいたいのだ。他には何もいらない。今の、この幸せを絶対に手放したくないと、強くそう思っていた。
「リダファ様」
小さな声で呟きスリ、と顔を摺り寄せるララナ。そんなララナを抱き締めながら、リダファは彼女がひた隠しにしている嘘に想いを馳せる。イスタも知っているであろうララナの秘密。なぜ自分には教えてくれないのか。知れば何か問題になるからなのだろう。その程度のことはリダファにもわかる。もう若いだけのガキではないのだ。少なくともララナに命を救われたあの日から、リダファは変わった。うだつの上がらないひねた子供でいられる時期はとうに過ぎていた。わかっていながら向き合おうとしなかった自らの人生と、きちんと向き合うことに決めたのだ。そしてララナと共に、歩んでいくのだと。
だからこれ以上は聞かない。絶対に隠さなければいけないとララナが思っているのなら、彼女を信じるしかない。イスタもララナも、自分をとても大切に思ってくれているということはリダファ自身、深く感じている。だからこそ言わない……言えないのだということもわかっている。しかしそれでも、話してもらえない寂しさというものは付きまとうのだな、と改めて感じていた。
「ララナ、また歌ってよ」
抱き寄せた手を緩め、リダファが言った。
「子守歌ですか? いいですよ」
ホッとした顔で、ララナが笑う。
リダファに頼まれて、時々歌う子守歌。
「マイナル、マイナリ、ヴィダラルゥス
(歌を 歌って 神に捧げます)
ハシャル デリナ ミクワノーズ
(願い 込め 祈ります)
キラバ キラレ キルナ ルシードゥ
(現在 過去 未来 共にあれと)
マイナル、マイナリ、ヴィダラルゥス
(歌を 歌って 神に捧げます)」
夜が、二人を包んだ。
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