第8話 言葉の壁

「なんですって?」


 執務室に呼び出したイスタに、昨日の出来事を告げる。神妙な面持ちで事の成り行きを聞き入っていたイスタだが、リダファの最後の言葉に思わず叫んでしまう。

「このまま彼女をララナとして扱うって、なんでだよっ?」

 本当なら偽物だとわかった時点でハスラオを呼びつけ、彼を査問するなりなんなりすべき事態なのだ。それなのに。


「ハスラオが今回の件、バレずに通せるなどとは思ってはいないはずだ。まだ、なにかある」

 リダファの言葉に、イスタが黙る。

「……それとも、俺をバカだと思ってる?」

 コメントしづらい台詞を言われ、イスタがさらに黙る。

「なんにせよ、もう少しこのまま騙されたふりをしようと思う」


「なるほど。確かにララナ様が偽物であるとするなら、わざわざ偽物を連れ帰ったその真意を見極める必要がある……とは思う」

 病気を理由にララナが輿入れできなくなったとして、だったらそれを報告すればよかっただけのことだ。わざわざ妾の子をララナと偽って連れ出した理由。何もないとは思えない。

「そんなわけだから、お前もこの件は知らないことにしろ」

「わかりました。でも、リダファ様」

「なんだ?」

「夫婦生活はどうするんです?」

 真面目な顔で訊ねるイスタに、リダファが渋い顔をする。


「は?」

「いや、だってやることやって子供でも出来た日にゃ、ララナではない娘の子が生まれるわけでしょ?」

「それがなに?」

「そこが狙いってことは?」

 もう、こうなってくるとなんでも疑ってかかる感じだ。しかし、じゃあもし本当にそうだとして、ララナの子ではない子供が出来たとして、何か問題があるだろうか?


「半分は王の血を引いてる娘だぞ? あとで公になったとして、何か問題あるか?」

「う~ん、アトリス的には、本筋じゃない娘を寄越されたってことだから侮辱されたようなイメージだよな。ニースの心象は悪くなる。アトリスはニースに強く出られる」

「それって、今の関係と何か変わるのか?」

 そもそもニースは小国で、娘を嫁に寄越すことにしたのだって、格上だと判断したアトリスとの繋がりが欲しかっただけだ。関係が対等になるわけではない。

「……だなぁ」

 イスタが頭を抱える。


「まぁ、いい。とにかくもう少し、様子を見よう。もしかしたら俺たちが考えているような心配は無意味なのかもしれないしな」

「承知しました」

 大袈裟に頭を下げ、イスタが執務室を後にした。リダファは頭の後ろで手を組むと、天井を見て大きく息を吐いた。


*****


 それからは、周りに変に思われないよう、ララナとは付かず離れずの距離を保ちながら過ごすようにしていた。ララナは一刻も早くアトリスの言葉を覚えようと必死で勉強しているようだ。まだたどたどしいし、言い間違いも多いが、大分会話っぽいやり取りができるようになっていた。


 夜は同じ寝室で寝る。父であり、国王でもあるムスファの命令だった。結婚すれば夫婦で眠るのが当たり前。そう言われては何も言い返せない。


「今日は、アトリスの、、まなんだです」

「れぴし……? ああ、、か」

「そう! !」

 寝室ではいつも、ララナが今日あった出来事を一生懸命話す。リダファはそれを聞きながら間違った言葉を訂正する。面倒だと思う気持ち半分、楽しい気持ち半分といったところだ。


「アトリスはとてもが古く、ニースよりむずかしい、です」

「あ~、ニースって島国だろ? 歴史、浅いんだっけ?」

「えと、ニース、元々いた民族はふにゅいふるいだけど、私たちは移民で、だから長いじゃない」


 原住民と、今のニースを作り上げた人種は別ってことらしい。昔そんな勉強もしたかもしれないな、と思い返す。


「ニースの人、明るい。踊る、好き」

 にっこりしながらそう言って、ベッドから降りくるくる回って見せる。

「ふふ、なんだその踊り」

 リダファが笑うと、ララナはとびきり嬉しそうな顔でリダファを見る。そしてもっともっと回るのだ。


「ララナ、そんなに回ったら目が、」

「きゃっ」

 言ってる傍からバランスを崩し、その場に尻餅を突く。

「だから言ったのに」

 リダファが慌てて駆け寄ると、ララナに手を差し出す。ララナがその手を取って立ち上がるが、まだ目が回っているのか足元がおぼつかない。一歩を踏み出すと、またバランスを崩す。

「わっ」

「ひゃっ」

 そのままリダファに抱きつくようにもたれかかり、二人はベッドにダイブする。


「ごえんなさっ」

 慌てて起き上がろうとするララナの腕を、リダファが掴む。そのまま引き寄せると、その体を抱きしめた。

 ララナが来てからの毎日は、リダファにとって『特別』になりつつあった。一緒にいると心が安らぐし、楽しい。まるで昔の自分に戻ったような……自分であることを許されているような気持になるのだ。

「あ、あああのっ」

 もぞもぞと動くララナを、リダファは離さなかった。

「少しだけ、」

 耳元で囁くと、ピク、とララナが体を震わせた。


(可愛い……。ララナ、可愛いな)


「ララナ」

 面白がって耳元で名を呼ぶ。と、

「ミスタダナ、リアァァ……」

 ララナが何か言って、両手で顔を隠した。多分、恥ずかしい、的なことだろう。

 リダファはそれを無視すると、ララナの腕をとりベッドに押し付け、無理やり顔を見る。

「リダファ……さ、ま」

 そのまま顔を近付け、唇を重ねた。


 イスタが言っていたことが一瞬脳裏に浮かんだ。もし偽物のララナと子供を作ったら何か問題が起きるのか?


「関係ないさ」

 リダファは小さく呟くとララナの首筋に唇を這わせた。

「んっ、」

 ララナの甘い声を聞きながら、リダファはハスラオのことを頭から追いやった。

 今は忘れてしまおう。


 ララナは……彼女がどこの誰であろうと、伴侶として受け入れるのだ

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