猫と紅茶とコーヒーと
秋月 桜雨
I 手紙
親愛なる君へ
この手紙が読まれている頃、僕は君の傍にはいないだろう
だがどうか悲しまないで、寂しがらないで
愛しい人よ
僕が君をどんなに愛しているかを伝えたくて
今、この手紙を書いている。
これから偶数月に一通ずつ手紙を送る
その手紙を見つけておくれ。
秀
細く柔らかい声で読み上げられた手紙を、白く細い手が優しく
優しく折りたたんでいく。
たたまれていく手紙を見つめる瞳はどこか哀しげに見える。
一時間前に出した紅茶には口を付けず、
彼女は俯いたままだった。
紅茶の水面に僅かに映る彼女の
八時五十分
窓から入る朝の陽射し、鳥の囀り、ゆっくり流れる時を刻む音、
コーヒーの香りを堪能し一口含む。
もう十月だというのにまだまだ太陽は元気なようだ。
「どうぞ」
お手伝いの美羽さんが手作りのイチゴのミルフィーユを
紅茶の横に静かに置いた。
「お紅茶、冷めてしまいましたね 入れ直しますね」
ソーサーに手をかけると、彼女は徐にカップを手に取り
冷めた紅茶を口に含んだ。
静かに飲み込むと、口元を綻ばせ
「アールグレイですね、美味しいです」
そう言った。
美羽さんは静かに離れていき、同時に彼女は続ける。
「突然こんなに早く、ごめんなさい」
冷めたティーカップを少し強く握りしめ彼女は言った。
来客が突然来るのはよくあることだ。
驚くことではない。
「知人に聞いたんです。あなたのことを」
彼女の言葉に耳を傾けながら、コーヒーを片手に
彼女の向かいにゆっくりと腰をかける。
「あなたなら、手紙を・・・あの人の想いを見つけてくれるはず」
ボクはこの時、初めて彼女と目が合った。
その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
もう秋だというのに、窓から入る陽射しに多少なりとも暑さを感じながらも
僅かに開けられた隙間から入ってくる、少しひんやりした風に
心が安堵する。
すっかりと空になったティーカップに、真っ白なお皿に静かに置かれたフォーク。
まるで小さな女の子が、大好きなお母さんの手作りケーキを心の底から堪能し
幸せに浸っているかのような笑みを浮かべている。
「すごく、美味しかった、ごちそうさまでした」
先ほどよりは落ち着いたのだろう、
真剣な眼差しでその手紙をボクの前に差し出した。
そして落ち着いた声で言う。
「お願いです。手紙を探してください」
その言葉と同時にカップには新しい紅茶が注がれ、ケーキ皿は下げられた。
差し出された三つ折りの手紙を手に取り、広げてみる。
B5サイズの白い紙の真ん中に、横書きでズレもなく綺麗に書かれている。
なんの変哲もないただの手紙だ。
「封筒はどこに」
「家です」
「中身だけお持ちになられたんですね」
「はい」
「差出人は誰ですか」
「・・・え」
彼女は一瞬言葉を失った。
「失礼、封筒に記載は?」
「ありません」
ボクは手紙を輝く太陽にかざしてみる。
「・・・・」
「あの、何か」
「いえ」
ボクは出来るだけの笑顔を彼女に向けた。
手紙を預かる旨を伝え上着の胸ポケットに入れながら
これまでの経緯を聞いた。
彼女は湯気たつカップを持ち、また哀しげに語り始めた。
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