第6話 閻魔王の特命

「閻魔王庁が誇る特殊ファイバー製の天網恢恢が破られるのはこれが3回目です。いずれも沼名の仕業ですね。沼名はあの世で警察から逃げ回っている時に日雇い労働者が集まる宿舎である男に出会ったのです。


本名は誰も知らない。こちらの閻魔王名簿にも記録が見当たらない無国籍者です。そいつは沼名にある絵を渡した。それは魔法のルーン文字が書かれたナイフです。それをそっくりに模写しろと。それで沼名は模写して絞首刑に処せられる直前それを飲み込んでこちらに隠し持って来た」


「ひょっとしてその男とは」

「ええ、マヤさん」

「悪魔、悪魔の化身だろ」

「その通りです」


「何とかならんのか、このままでは沼名は崖をよじ登り、死者が輪廻転生を待つ「蘇り待機所」に紛れ込み、そしてあの世に再び転生して快楽殺人を繰り返す」


閻魔王は言った。


「鬼どもをもう一度招集せよ、私から訓令する。最悪の場合ヘリで追跡し、ショットガンで沼名を撃つのだ」

「逮捕なしにですか」

「仕方があるまい、撃てばあいつのことだから地獄に堕ちてゆくことだろう」


「でも、ナイフで地獄門の番人を拘束したら」


王立林は疑問を呈した。

「もしナイフを手放していなかったら、また地獄への道を遡って来るだけですよ」

「リスクが大きいな」


閻魔王は俯いた。


「いずれにしてもまず天網恢々で確保です。閻魔王様から鬼族の名誉にかけても網で捕まえるように訓令していただくしか」

「わかった、さ、マヤ、一緒に出動だ」

「アイアイサー」

マヤは快活に応じた。


マヤと閻魔王は閻魔王庁から道を下ったところにある青赤鬼宿舎へ向かった。有刺鉄線が貼られ、高圧電流が流された鉄網に囲まれているそこが鬼たちの居住区だった。


マヤは思わず鼻を抓んだ。


「うえっ、リサ、何、この匂い。ああ目に来るわ」

「アハハ、鬼宿舎は初めてだったよね。ちょっと刺激が強かったかしら」


細い砂利道を挟んで長い木造バラックの居住区がひしめいて、すえたような臭いと嘔吐らしき痕、酒瓶と餅のような切れ端があちこちに散乱している。


狭い窓から鬼たちの大きな目が怪しく光を放っているのがわかる。野卑な笑い声と何やら卑猥なジョークが聞こえる。それは閻魔王リサと助手のマヤに向けられたものだ。


「女、女じゃ」

「脚がええのお、尻もプリプリしとるわ」

「ウヒョオ、食いたいのお、ええ女じゃ」


あちこちで飢えた野獣がテグスネを引いて待ち構えているようだ。砂利道の突き当たりに大きな広場があり、そこに一際大きいバラックがあった。鶏小屋のような粗末な木戸を開けて一際大きい青鬼が怪訝そうな顔をして出て来た。


「閻魔王様、その方はどちら様で?」

「新任の助手、マヤだ。藤崎マヤ」


「マヤだってよ。ヤリマンのマヤって呼ぼうか、ああヤリテエ」


右隣の小屋から声がして、周囲が笑った。


「口を慎め」


閻魔王に挨拶をした巨大な青鬼が恫喝した。


「申し遅れました。ここの管轄をしている無妙丸と申します」

「ここへ集合させてもらおうか」


閻魔王の命を受けて無妙丸が大声で集合を命じると宿舎という宿舎からゾロゾロと青赤鬼が出て来て広場に円陣を組んでしゃがんだ。鬱陶しそうに中央の二人を見上げている。


「新任の藤崎マヤだ。これからここを二人で統括する、よろしくな」


閻魔王がそういうと鬼たちは金棒を振り上げながら快哉を叫んだ。


「こっちこそ、おねげえしますって」

「綺麗なお二人にはもう服従でさあ」


皆んなが笑った。マヤは前へ進み出て挨拶をした。


「お前たちはあの世から殺人鬼が地獄を逃れようと逃亡しているのを知っておることだろう。


鬼族存亡を賭けて戦ってほしい。必要なら私も協力する。閻魔王庁としては更なる強度を持った天網恢々を支給するつもりだ。頼むぞ」


マヤはそう言った後、突然大声で歌い出した。


      おにいーの山には黄金こがね満つ 快也、快なり

      おにいーの雄叫び天を突く 快也、快なり

      棍棒振り振り、打ち打ち、砕かん亡者を。

      手脚も頭も体も砕きて塞ぎて、

      いざや、いざや、踏み行かん、地の底目掛ざし、堕ち行かん

      フニクリフニクリ、フニクリフニクラ、

      力で示せ、鬼の勲


それは長年閻魔王庁が鬼に歌うことを禁じていた鬼族讃歌、「フニクラ」

だった。マヤが2回目を歌い出した時、鬼族は全員立ち上がって唱和した。


中には泣き出す鬼もいて、落涙しながら絶唱する場面となった。

マヤの歌が終わると鬼族は棍棒や拳を振り上げ、振り回しながらマヤに絶大な賞賛の意を表した。


鬼族代表無妙丸は進み出てマヤに深く一礼した。


「ありがてえ、マヤ様、閻魔王様、これを意気に感ぜずば鬼の恥でございます。

モノども、命に代えても沼名を捕え、無限地獄へ突き堕とすのじゃ、よいか」


「おお」


あちこちで鬼の雄叫びがこだました。マヤは鬼たちに大きな投げキッスをすると閻魔王を先に立たせて退場した。割れんばかりの拍手喝采が起こり鬼宿舎に歓喜の叫声は止まらない、


「やりすぎかな」マヤが言うと閻魔王リサは応じた。

「もうあなたの人心掌握術には誰も勝てないわ、人じゃなくて鬼さえ」


つづく




      



 




























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る