ラーメン食べるぞい!

@Suzakusuyama

第1話

「使うなら水属性だろ」「クロールより背泳ぎ」「焼肉屋ではとりあえずウィンナー」

 俺、張田智はりたさとしは他人と少し感性がズレているらしい。

 俺の中では当然の行為でも、周りから引かれたり、意外っていわれたりすることが多々ある。

 そんな俺が中学に上がり、久々に再開したこの女。こいつは……

「久しぶり!智くん!!」

 朝から俺の机をビタァンと鳴らし、突っかかってくる女。

「誰……?」

 知らない女だった。

 規則ギリギリぐらいの肩まで伸ばした髪と、デカくて丸い目。入学初日ということもあってかぶかぶかな制服を着た俺より少し背が低い女。

 そんな知らない、初対面のような態度を取っていると、

「忘れたのかっ!隣の家にいた王四季おうしきだ!!」

 と言って再度机をバンバン叩く。

 そこで俺はやっと思い出した。王四季。まじでガキの頃一緒に遊んでた友達だ。

 異性なのに近所というだけの理由で仲良くしてた女、四季。確か小学校の途中で転校したはずだが、どうやら戻ってきたらしい。

「おー、おひさ」

 珍しいこともあるもんだなと思いつつ適当にあしらう。こいつは明るすぎるというか、活発すぎて少し苦手な節があるのだ。そしてこいつは、いつも……

「早速だが美味しいラーメン屋を見つけたのだ!!一緒に食べよう!!!」

 いつも、唐突なのだ。






「俺、ラーメンとかあんまくったことねぇな……」

 家系ラーメン小室屋の前で立ちすくみながら俺がいう。

 すると四季は

「すっごく美味しいぞ!ここのラーメン!それはもうすっごく美味しいんだぞ!」

 とワクワクしていた。

 制服姿だというのに堂々と店の中に入る。

 店の中は想像以上に匂いが濃かった。

 麺の匂いかスープの匂いか油の匂いかよくわからない匂いが充満している。

 でも、この匂いで確信したことがあった。

「そこそこうまいな」

 うまいもんは匂いでわかる。この店は、当たりだ。

 四季は券売機でラーメン中を二個買って、

「はい!」

 と俺に渡す。

「代金は?」

 あまりにも自然な流れで忘れかけたが、しれっと奢られている気がする。

 四季はニヤッと笑って

「これは今日来てくれた分!」

 と言った。

 なるほど、たしかに俺は強引に誘われてるしオッケーだ。もらえるもんはもらっておく主義の俺にとっては願ったり叶ったりである。

 列にしばらく並んでいると、ラーメン屋の店員らしき女の人がやってきた。

 そして

「お好みはどうしましょうか?」

 と聞いてきた。

「あ、智〜。私のおすすめはね〜」

 四季が言う前に

「味薄め油少なめ麺柔らかめで」

 と一瞬でそれを潰す。

 味がこそうな店だ、味は薄めできっとちょうどいいはず。

 しかし、四季はびっくりしたような顔をして、

「正気か!?」

 と言って、酷く取り乱した。

「いや、店員さん困ってんだろ早くしろよ」

 俺が言うと四季は平静を取り戻し、

「濃いめ多め硬めで……」

 と言った。

 え!?濃いめ多め固めだと!?

 一気に冷や汗が流れるのがわかる。

「お前、死ぬ気か……?」

 女子が食う品とは思えない。こいつは女子だ、女子なはずだ。

 なのに、何故……何故こいつはそんな自殺セットを!?

 俺が目を見張るが、

「まぁまぁ、見てなさいって」

 と言って四季は腕を組む。

 その目には圧倒的な自信が溢れていた。

 こいつは、正気だ。

 正気のまま、自殺の道を選びやがった。

 ゴクリと生唾を飲み込む。

 こいつは女子の思春期、成長期だと言うのに油多めの選択をした。

「……ッ後悔しても知らねぇぞ」

 俺が吐き捨てると、

「後悔?しませんとも」

 と自信満々に言った。

 そしてしばらくして、俺達はカウンターの席に通される。

「あ、学生はライス無料だよ」

 いつの間に頼んだのだろうか四季の手元には米が盛られたお椀があった。

「それは先に言えよ……」

 俺がため息をつくと、

「あいよ、兄ちゃんも食え食え」

 とラーメン屋の店主さんがお椀を出してくれた。

「店主さん……」

 トゥンク、と鼓動が鳴る。

 もしかして、この気持ち……恋!?いや、違う。この気持ちは……

「お前、ラーメン食えなくなるぞ?」

 隣りには、お椀にたくさんのきゅうりの漬物を載せて頬張る四季がいた。

「いにゃこにょぐりょいにょいいんぢょ」

「食い終わってから喋れ」

 俺が言うと、四季はもぐもぐして、

「いや、このぐらいがいいんだよ」

 と言った。

「はぁ?」

 俺がキレ気味に返すと、

「先に米と美味しい漬物をだいたいお椀の半分ぐらい食べてお腹をちょっぴり膨らませる。そして、ラーメンが食べ終わった後に汁を混ぜてかき混ぜて飲むのが……絶品なのさ」

 ドヤ顔でピースをする。

 なるほど、それはかなり美味しそうだ。でも、

「いや、汁と混ぜて飲むだけでよくね?」

 わざわざ漬物を食う意味が分からなかった。

 しかし四季は意味深に笑い、

「まだまだだね〜、おこちゃまだよ、お・こ・ちゃ・まだね〜、智くんは」

 そう言ってお椀の上にある漬物を一つ割り箸で掴むと、俺の口にねじ込んだ。

「おいおまっ!?」

 口の中に入れた瞬間、わかった。

「ウメェ……」

 思わず声が漏れる。

 いい感じに塩分が効いていて、これはもしかして……

 俺が米に手を付ける。

 そしてしっかりかんで飲み込み、一言。

「うめぇ!!」

 めっちゃあっていた。

 米の無機質な味のなさと味の濃い漬物がよく絡み、きゅうりの食感を心地よく感じれた。

「さっ、まだ漬物はあるよ」

 四季はドンッという音とともに漬物を俺の前に置く。

 俺は米の上に漬物を掛けまくり、一気に食った。

 そして、そこで失態に気がついた。

 ラーメン、食いきれるかわかんねぇ。

 クソっ!せめて並盛にしておけばこんな憂いは……!

 俺が四季に文句を言おうとした時、

「あいよっ!小室屋ラーメン濃いめ多め硬め!」

 と言って四季のラーメンが運ばれてきた。

 四季はそれを受け取ると、躊躇なくチャーシューとノリとほうれん草を沈める。

「なるほど……!」

 こいつが油を多めに頼んだ理由、それは……

「気がついたようだね、智くん……」

 こいつ、具材を油と汁でひたひたに浸してからくうつもりだ!!

 そしてノリに隠れているのは味玉!!!俺はこんなトッピング聞いてない!!!

 こいつ、だから俺を奢ったのか。

 四季はニヤッと見下すように笑う。

 こいつ、賢い……!

「チッ」

 俺が舌打ちをすると同時に俺のラーメンが運ばれる。

 俺は真っ先にチャーシューを食らった。

 横目に四季を見ると口をぽかんと開けていた。

「い、今何したの……?」

 四季がわなわなと震える。

「なにって、味が混ざる前にチャーシューを食ったんだよ」

 俺が平然とした顔で言うと、

「まずは汁!そして次に麺!!絡めまくってすするのが常識でしょ!!」

 とおれに怒鳴りつける。

「いや、人それぞれだろうがよ!」

 俺が反論するが、

「うるさい黙れ!!」

 と一括されてしまう。

 俺は沈黙するしか無い。

 とりあえずいわれたとおりに汁を飲んで見る。味は……

「やっぱりだぜ」

 味は薄めにしたはずなのにそこそこ濃くてうまい。

 これは濃い目にするとオーバーキルなタイプだ。

 …………嫌。否否否否違う!!!

 ラーメンは汁だけで完結する食べ物じゃない!!

 ラーメンは、ラーメンは……!!

 ズズッという心地のいい音が、隣から聞こえた。

「ほふ?ほひひいへしょ」

 ラーメンは、汁と麺で完成されるものだ。

 汁だけが濃くても、麺に絡まっていないと意味がない。

 そして、麺に絡まっていても汁の量はかなり減ってしまう。

 そこで!!そこで取ったのが味濃いめ!!そして麺によく絡まるようにと考えられた油多め!!

 そして、そこそこ量があるゆえにかかる時間!その時間の中ですべてを楽しむために考えられた麺硬め!!!

「計算されつくされている……!」

 俺はこの女、王四季にある意味尊敬の念を抱いた。

 たかが千円のラーメン一つ、なんて思っていた。

 でも、たかが千円でも一万円分楽しめるやつはいる。

 それがこの女、王し……き……?

 王四季は、ラーメンに大量の胡椒とにんにくを入れていた。

 前述したとおり、こいつは思春期で女の子だ。

 そんな中にんにくなんて自殺なんてものじゃない。女としての尊厳を捨てたと言っても過言ではないレベルだ。

 そして、多量のにんにくが入ったラーメンを四季は……啜った。

 そして、瞬く間にラーメンは消えていく。

 俺も慌ててラーメンをすする。

 正直、しっかりめにこってりしていて、味もいい感じになっていて美味しいラーメンだった。

 ある程度食べ終わったところで俺はノリを食べる。

 ノリは汁によく浸っていて、ベチャベチャで美味しかった。

 うん、十分に満足だ。1000円分以上は楽しめた。

 はずなのに。何なのだ、この女は。

 何故油まみれのノリで米を食べるなんて言う天才的な発想が思い浮かぶのだ!?

 そう。王四季はノリで米を覆って食べていた。

 ノリで米を食べるなんて、誰にでもある発想だ。

 しかし、ラーメン屋という特殊な条件が俺の思考からその選択肢を奪っていた。

 何ていう冷静な判断能力、脱帽である。

 結果、俺はお腹がパンパンになり、四季は米を何杯かおかわりして退店となった。

 店を出てまず一言。

「お前、すげぇな」

 俺が言うと、

「えへへ〜」

 と四季は鼻をこする。

「美味しかったでしょ?全部」

 得意げな顔の四季に、

「あぁ、完敗だよ」

 と言った。

 全部美味しかった。汁も、麺も、チャーシューも、ほうれん草も、ノリも、米も、漬物も……

「あ”っ!?!?!」

 思わずでかい声が出る。

「え、どうしたの?」

 四季が俺の顔を覗き込んで不思議そうな顔をする。

「いや、別に……」

 俺はそう言って目を伏せる。

 俺に漬物を食わせたときの割り箸って、まさか……な……。

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