プラント ~植物が人類に牙を剥くとき~

@wirunouta

第1話 プロローグ



◆アルカロイド

アルカロイドとは、窒素原子を含む塩基性を示す天然由来の有機化合物の総称。強い生物活性を有する化合物群で多くのアルカロイドは、他の生物に対して有毒だが、薬理作用も示すため、医薬や娯楽のために使用されることもある。


赤潮あかしお

赤潮とは、プランクトンの異常増殖により、海などの水域の水が変色する現象。赤潮の原因となる植物プランクトンの一種である渦鞭毛藻類は、特有の毒性物質をいろいろと産生する。


◆光合成

光合成とは、光のエネルギーを利用して無機炭素から有機化合物を合成する反応のこと。

反応過程で酸素分子を発生するかどうかで、大きく分けて、酸素発生型か酸素非発生型の二つに分類される。


◆地磁気

地磁気とは地球により生じる磁場のこと。発生原因の99%は地球の内部にあり、1%が地球外にあるとされているが、完全な解明はされていない。地磁気の単位は、テスラであらわされ、地球上の場所により異なるが、20,000ナノテスラ~60,000ナノテスラ前後となる。赤道では小さく、高緯度地域で大きくなる。


◆ヴァン・アレン帯

ヴァン・アレン帯は、地球の磁場にとらえられた陽子や電子からなる放射線帯のことで、地球を360度、ドーナツ状に取り巻いている。有害な宇宙放射線を遮るバリアーの役割を果たしていて、オゾン層と共に、生物が陸上に上がるきっかけに大きく関与したとされている。




▼アメリカ、アラスカ州 アークティック国立野生動物保護区 オールド・ジョン湖


「ホーン、ホーン――」


アークティック・ビレッジ。そこは、アメリカ合衆国アラスカ州の北極圏境界線の近く、ブルックス山脈の南麓に位置する、ネイティブアメリカン最北端の村だ。そこから東に数十キロのところにあるオールド・ジョン湖は、今、カナダガンの騒がしい鳴き声で満ちていた。


足を踏み入れるには、厳しい自然が大きく阻んでいるこの湖に人の影は見当たらない。空を見上げると、特徴ある渡り鳥のV字飛行の姿がいくつも浮かんでいる。そして、次々とその群れは湖へと降り立っていく。


「ホーン、ホーン――」


物悲しいカナダガンの鳴き声は、どこか弱々しい。黒い首が、わずかに震えている。


それも仕方がないことだった。鳥たちが羽を休め、そして餌を採る湖は氷に覆われているからだ。


夏を過ごし終えて、南に向かうためにトロントを飛び立ったはずのカナダガンたちがたどり着いたのは、目的地であるフロリダではなく、なぜか真逆の北の大地だった。


10月後半のこの時期、オールド・ジョン湖周辺の気温は日中でも氷点下だ。夜にはマイナス20度を下回るだろう。これから日に日に気温が下がる時期であることを考えれば、十日も立たないうちに群れは全滅することになる。


本当ならば、すぐにでも南を目指して飛び立たなければならない。最大で一日に2,000キロ以上を飛べるカナダガンたちだ。その気になれば、明後日には南の地に降り立つことは可能だった。


しかし……


群れの中で、正しい渡りの方角を示せる個体は一羽もいなかった。いや――鳥たちは、自分たちが正しい方角に向かっていると信じていた。だから、いま、この地にいること、寒さで震えていることが理解できていない。


なぜ、渡りを終えた体を癒す湖が凍っているのか……


なぜ、首をのばせば口に入ったはずの魚たちが厚い氷の中にいるのか……


なぜ、羽を空気で膨らませても、体温が奪われていくのか……


今すぐ飛び立って毎年訪れているあの湖へと向かいたい。だが……今、飛び立っても、さらに北へと向かうかもしれない。本能に従い、方向を定めた飛んでいたカナダガンだが、少なくとも自分たちが信じていた「渡りの力」に齟齬が生じていることはなんとなく理解できていた。


もし、このまま北へと進めば……いくら渡りに優れたカナダガンといえど、すでに冬へと差し掛かった北極海の海を渡りきることはできない。


何かが失われている……


いや――失われているはずの「何か」は確かに自分たちの中にある。それも間違っているのではなく、いつものように「正しく機能」していることが分かる。ただ……その「正しさ」が誤っているのだ。


その時、氷の上で羽を休めていた一羽のカナダガンが、雁首を持ち上げた。そしてゆっくりと四方を見渡す。その姿につられたのか、周りにいたカナダガンたちも同じように首を上げた。


その黒い瞳に映る湖を囲む山並みは、白い稜線を浮き上がらせている。そして……一斉にカナダガンたちは鳴き声を上げた。


「ホーン、ホーン――」


空を飛ぶ編隊の声と多重奏を奏でるその鳴き声は、ただ凍った湖面を薄く滑るように響き渡っていた。



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