第27話:リディのなんでも屋②
とはいえ、こちらの世界に来た時は学校帰りだったこともあり、特別なものを持っていたということはない。
洋服以外で何か持っていたものといえば――
「ボールペンとか、生徒手帳とか、あとは……スマホとか?」
「おぉ、おぉっ! なんだい、これは! スマホだって? これはなんなのかな!」
ボールペンや生徒手帳にはあまり反応を示さなかったリディだが、太一がスマホを取り出すとものすごく興奮して目を輝かせた。
「こっちの世界ではあまり使い道はないですけど、俺たちのいた世界だと必需品でしたね」
「ほほう? こっちの世界では使い道がないんだね?」
「あまり、ですよ? 言っておきますけど、売りませんよ?」
「そんなああああっ! 売ってくれええええっ!」
「ダメですよ! 俺のもだし、友達の個人情報も入ってるんですからね!」
スマホを売ってほしそうに見ていたのではっきりと売らないと伝えると、リディは涙目になりながら売ってほしいと懇願してきた。
「そこをなんとか頼む! 1万ジェンか? それとも10万ジェンでもいいよ!」
「いくら積まれても売りませんから! これだけは絶対にダメです!」
「ぐ、ぐぬぬっ! な、なら、このボールペンと生徒手帳はどうかな!」
「……こ、これも欲しいんですか?」
反応が薄かったのでいらないのかと思っていたが、今度はボールペンと生徒手帳に食いつき驚いてしまう。
「異世界の物品ならなんでも欲しい!」
「それならどうして反応が薄かったんですか?」
「薄かったのではなく、単に見たことがあっただけさ!」
「そうなんですか?」
「そうだよ! ボールペンは似た形のものを持ってきた迷い人がいたようだね! 生徒手帳も形は違うが同じようなものだと思うんだ!」
ボールペンに関しては特に珍しいものではない。生徒手帳に関しては学生しか持っていないものだが、もしかすると似た形の単なる手帳を持っている人がいた可能性はあるかと考える。
そうなれば珍しいものではないかもしれないが、スマホも現代日本では必需品といっても過言ではない。
そこまで考え、太一は過去の迷い人はスマホではなくガラケーを持っていた人かもしれないと思うようになった。
「……生徒手帳はちょっと考えさせてください」
「ということは、ボールペンはいいんだね!」
「まあ、これくらいなら」
「やったー! ありがとう、ありがとうございます! タイチ君!」
売ってくれると分かった直後、リディは太一の手を取りぶんぶんと上下に振りながら喜びを爆発させていた。
「そ、そこまで喜ぶようなものでは……」
「そんなことはない! 異世界の物品だよ? 貴重なものに決まっているじゃないか!」
「でも、ボールペンなんて俺たちの世界ではどこにでも売っているようなものですし、下手したら捨てられているようなものですよ?」
「なんだと! これが捨てられているなどと……なんて罰当たりな!!」
驚き、愕然とした後に怒りを爆発させている。
感情豊かだなと思いながら見ていると、リディは怒りから振り上げていた両腕をピタリと止め、不意に冷静な表情で太一を見た。
「……さて、タイチ君」
「な、なんでしょうか?」
「これ、いくらで売ってくれるんだい?」
「ボールペンですか?」
「そうだよ! スマホほどの金額は出せないが、実際のところあまり相場が分からなくてね、まずは金額を提示してくれないかな?」
金額を提示してほしいと言われ、太一は困ってしまう。
単純にボールペンの値段であれば、100円とか、高くても300円とかだろう。ちなみに太一が使っているボールペンは100円である。
100円と100ジェンが同価値なのかも分からず、太一は思案顔を浮かべるが、考えたところで分からないのだからと、そのままの金額を伝えることにした。
「100ジェンですかね」
「……ん? 聞き間違いだろうか、もう一度聞いてもいいかな?」
「ですから、100ジェンです」
「…………ん? す、すまない、確認なのだが、100ジェンと言ったのかな?」
「はい。…………もしかして、高かったですか?」
「逆だよ! 安すぎるんだ! 何をどうしたらそんな金額で売ろうと思ったのかな!!」
まさか安くて怒鳴られるとは思わず、太一は僅かにたじろいでしまう。
「だって、元の世界だとそんなもんなんですよ」
「だとしても、異世界という付加価値が付くじゃないか! 僕なら最低でも2000ジェン出してもいいよ!」
「に、2000ジェンですか!? ……それって、高いんですかね?」
「分からん!」
「分からないんかい!?」
はっきりと分からないと言われてしまい、太一は思わず突っ込みを入れてしまった。
「……あっ! す、すみません!」
「……なんだろう、ものすごく心地の良い物言いだったね!」
そして、何故か嬉しそうにしているリディを見てホッとしたものの、本当に分からないのであれば問題ではないかと改めて確認する。
「あの、リディさん。本当に2000ジェンでいいんですか?」
「構わないさ! 何せ異世界のものだからね! 僕がいいって言っているんだから、いいんだよ!」
「うーん……まあ、それじゃあ2000ジェンでお願いします」
「ありがとう! やったー! 異世界の物品だ! ボールペンだー!」
まさかの臨時収入を手に入れた太一は、その後リディの頼みで閉店まで異世界の話をすることになってしまった。
そして、リディが口にした通り、その間は誰一人として客が店に入ってくることはなかったのだった。
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