第26話:リディのなんでも屋①

「いらっしゃーい! 今日は何を売ってくれるのかなー?」


 なんでも屋に入ると、すぐにものすごいテンションの高い男性が声を掛けてきた。


「……いえ、その、冒険者ギルドの依頼を受けて来た、冒険者なんですが」

「ん? 依頼?」

「……えっ? 出していないんですか?」


 男性が疑問顔を浮かべたことで太一は慌てて確認を取る。


「うーん、出したような、出していないような……」

「こ、これ、依頼書なんですが、身に覚えは?」

「どれどれ……んん? …………あー! 出したね! 確かに出した!」

「そ、そうですよね!」

「うんうん! でも、今はいいかな!」

「……はい?」


 依頼を出しておいて今はいいかなとはどういうことだろうと、太一は困惑してしまう。


「いやー、実は今日の予定がなくなっちゃってねー! 依頼はだいぶ前に出していたわけで、キャンセルするのをすっかり忘れていたんだよー! あっははー!」

「……そ、そうなんですね」


 これは困ったと太一は思う。

 まさか依頼がドタキャンされるとは思っておらず、こういう時の対処の仕方を確認していなかったからだ。


(このまま冒険者ギルドに戻ってもいいのか? でも、その場合だと失敗扱いになるのか? でも、依頼主がキャンセルって言うんだから、俺に問題はないわけで……ど、どうしよう!)


 頭の中でいろいろなことを考えていたのが男性に伝わったのだろう、彼はニコリと笑いながら口を開いた。


「……よーし! それじゃあ、依頼キャンセルのお詫びとして、ちょっとお話をしていかないかい?」

「……お、お話、ですか?」


 これは昨日と同じ流れなのでは、と思わなくもない太一だったが、失敗になる可能性を少しでも減らすことができるのであればと、僅かに思案したあと、ゆっくりと頷いた。


「……わ、分かりました」

「ありがとう! いやー、僕のお店って目立つだろう? でも、その割にはお客さんがなかなか来てくれなくてねー、話し相手がほしいと思っていたところだったんだよー!」

「あはは、そうなんですね」

「そうそう! ところで君は新人冒険者かい? あぁ、僕はリディって言うんだ! なんでも屋のリディ、よろしくね!」

「えっと、はい、新人冒険者です。弥生太一、太一って呼ばれています」

「…………迷い人だね!!」

「うおっ! ……そ、そうです」


 自己紹介をした直後、迷い人だと当ててきたリディはグイッと顔を近づけてきた。

 あまりに近い距離に太一が軽く体を引いており、そうでなければぶつかっていたのではないかと思ってしまうほどに近い。


「ということは、異世界の何か道具を持っていたりしないかな? よ、洋服はどうだい? それはこっちの洋服みたいだけど、もしかしてもう売っちゃったの!?」

「……えっと、洋服はそうですね、売っちゃいました」

「ぬおおおおぉぉっ! なんてこったああああっ! もう少し、もう少し早く出会えていたなら、僕が手に入れることができたはずなのにいいいいっ!!」


 テンション高めでまくし立てるように話してくるリディに押されつつ、太一が答えると彼は頭を抱えてしまった。

 若干引きつつも周りに視線を巡らせると、店内には様々なものが陳列されている。

 壺や花瓶や絵画などの芸術作品に、パッと見では何に使うのか分からないようなものまで、多種多様だ。

 さすがはなんでも屋だと思ってしまうラインナップだが、それらが一緒くたに並んでいるのを見ると、本当に売るつもりがあるのかと疑問に思えてならない。


「……そうだ」

「ど、どうしたんですか?」

「洋服じゃなくても、他に異世界の何かを持っていないかい? それを僕に売ってくれないだろうか! お願いだ、売ってください! お願いしますううううっ!」


 すると今度は飛び上がったかと思うと、そのまま両膝を曲げて地面にフライング土下座をしてきたのだから驚きだ。

 ドンッ! と鈍い音までさせており、太一はリディの両膝が心配になってしまう。


「だ、大丈夫ですか、リディさん!?」

「問題ない! それよりも何か売ってくれないだろうか! 僕は何か分からないものが大好きで、そういったものをコレクションしているんだよ!」

「……もしかして、ここの棚に並んでいるものもそうなんですか?」

「その通り! 欲しいと言ってくれた人がいれば販売しているが、積極的に売ろうとは思っていないんだよ!」


 そう言われた太一は、店内に入った直後に言われたリディの言葉を思い出していた。


(そういえばリディさん、開口一番で何を売ってくれるのかを聞いてきてたな)


 何をお求めかではなく、何を売ってくれるのかと口にしていたことを思い出し、太一は自然と苦笑してしまう。

 リディにとってこのお店は、自分の趣味の塊のようなものなんだろうと考えた。


「ま、まあ、何かあるとは思いますけど――」

「見せてくれ! 売ってくれても構わない! いや、売ってくれ! 売ってください!!」

「ちょっと待ってください! ま、まずは落ち着いて、俺も昨日こっちに来たばかりなんで、確認しながらでもいいですか?」

「よろこんでー! ありがとう、タイチ様!」

「……さ、様付けは勘弁してください」

「了解だ、タイチ君!」


 それからリディはてきぱきとした動きで太一に椅子を用意し、目を輝かせながら何が出てくるのかと彼を見つめていた。

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