第18話:一人での依頼(太一編)②

「えぇ、そうじゃよ。タイチは迷い人だろう? だから、そっちでも話を聞いてみたいんだよ」

「……そういうことなら構いませんけど……お店は?」

「ほほほほ、わしの店は個人経営で、そこまで忙しくもないんだよ。だから、暇な時間は話を聞いていたいんだ」


 本当にこれでいいのかと、今日何度目になるか分からない疑問を抱いた太一だったが、ここまで来ると何か吹っ切れたのか、それならばとことんつきあってやろうという気持ちになっていた。


「分かりました。でも、何からお話ししましょうか?」

「そうだねぇ……それじゃあ、タイチはポーションを知らなかったようだけど、傷を癒すようなものはそちらの世界にはなかったのかい?」


 リーザは自身が取り扱っている商材から話題を作ろうと考えた。


「ポーションっていうのは、簡単に言うと一瞬で傷を治すもの、であっていますか?」

「ものによって効果の範囲は異なるが、その通りだよ」

「それなら、なかったです」


 傷に塗ったり、病を患った時に飲む薬はあったが、一瞬で治すようなものはないと説明する。


「俺がポーションの名前を知っていたのは、空想上の物語を作った本に、同じ名前や効果を持つものが描かれていたからなんです」

「そんな偶然があるんだねぇ。なるほど、だからポーションという名前は知っていても、実際には見たことがなかった、というわけだね?」

「そうなんです。……でも、よく考えるとこれって、だいぶ失礼は話ですよね?」


 説明していて思ったことを太一が口にすると、リーザは首を傾げた。


「ん? 何が失礼なんだい?」

「その、ポーションとかが空想上の物語に出てきたってことは、俺たちの世界から見たリーザさんたちの世界は、空想上の世界だってことにならないかなって。その、リーザさんたちからすれば当然の現実を、空想上の世界だって言われているようなものかと思っちゃって」


 空想上の世界と言えばなんとなく聞こえはいいかもしれないが、見方を変えれば嘘の世界だと言われているようなものだと太一は考えたのだ。

 自分たちが暮らす、生きている世界が嘘の世界だと言われて気持ちのいい者はいないだろう。むしろ、怒って当然だとすら思ってしまう。

 そう思い至ったからこそ太一の口からは自然と謝罪の言葉が出てきたのだが、リーザは柔和な笑みを浮かべながら首を横に振った。


「謝る必要なんてどこにもないだろう?」

「そ、そうでしょうか?」

「迷い人から見れば、こちらの世界は全て未知のものに見えるはずさ。それこそ、空想上の世界のようにね。それに、逆もあるかもしれないだろう?」

「逆ですか?」

「タイチから話を聞いたこの世界の人間が、空想上の世界だと思うこともあるのではないかい?」


 リーザの言葉を受けて、太一は確かにと思ってしまう。

 太一が空想上の世界のようだと思ったのだから、相手が太一たちの世界を空想上の世界のようだと思うことも当然あるのだ。

 だからお互い様なのだとリーザは口にする。


「どのように感じるから人それぞれなのだから、それに対してタイチがいちいち謝る必要はない、そうだろう?」

「……そうですね」


 リーザの言葉に太一は納得し、笑みを浮かべて頷いた。

 そして、今度は太一が自分のことを話して聞かせようとした時だ。


 ――カランコロンカラン。


「おばちゃーん! ポーション買いに来たよー! ……って、ありゃ?」


 来客を知らせるベルが鳴ったのとほぼ同時に、女性の元気な声が店内に響いてきた。

 女性はお店にリーザだけでなく、見知らぬ少年がいたことに驚き、何度も瞬きを繰り返している。

 一方で太一も入ってきた女性をジーっと見ており、驚きを隠せない様子だった。


「ほほほほ、いらっしゃい。商品を選んだら持ってきてちょうだいな」

「……あ、はーい」

(…………ね、ねねねね、猫耳だ!)


 女性が商品棚へ向かったあとも、太一は無意識に女性の頭の方から生えている猫耳に目が行ってしまう。


「どうしたのじゃ、タイチ?」

「えっ? あっ、すみません! ……その、彼女はいわゆる、獣人なんですか?」


 最後の方は小声になり聞いてみると、リーザはなるほどという感じで頷いた。


「そうだよ。タイチたちの世界に獣人はいなかったのかい?」

「はい。肌の色が違ったり、顔立ちが違うというのはありましたけど、獣人とかはいませんでした」

「だから気になっていたんだね」

「……はい。あまりに凝視し過ぎました、すみません」


 太一が謝ると、リーザは話題を変えようとしてくれたのか別のことを口にした。


「彼女は最近からわしのポーションを気に入ってくれたお得意さんでね、よく話し相手になってくれている冒険者なんじゃよ」

「えっ! ……それじゃあ、先輩冒険者さんなんですね」

「そういうことじゃな」


 すると今度は驚きではなく、憧れの眼差しを女性冒険者へ向ける番だった。

 とはいえ、先ほどまでの凝視ではなく、チラチラと相手に気づかれないよう、そーっと見ている程度だ。

 現状、太一は先輩冒険者の知り合いがディーたち以外には一人もいない。

 ここで少しでも仲良くなり、話を聞くことができれば、自分だけでなく勇人や公太のためにもなるのではないかと考えていた。


「はい、おばちゃん! これ、お願いします!」

「それじゃあタイチ、お願いできるかい?」

「はい! リーザさん、先輩!」

「……せ、先輩?」

「はい、先輩!」


 今度は女性冒険者が『何かしただろうか?』と思う番だった。

 突然『先輩』と呼ばれるようになり、まるで尊敬のまなざしで見知らぬ少年に見つめられている。

 女性冒険者は完全に困惑していた。


「こちら、合計で2500ジェンになります!」

「えっ? も、もう計算したの!?」

「はい、この程度なら全然簡単ですし」

「ほほほほ、タイチはすごいんだねぇ」

(うーん、単なる足し算だからすごくはないんだけど……これもよくある、簡単な算数ができるだけで秀才レベルってことなのかな?)


 そんなことを思いながら、太一は女性冒険者からお金を受け取り、会計を済ませた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る